アート

キャンバスは世界—デボラ・テン

写真 Kazuma Yamano/スタイリング Yui Igarashi/メイク Chiharu Wakabayashi/ヘア Yuki Oshiro

マレーシアより来日。たぐいまれなるスタイルのよさで、大学生のころからファッションモデルとして活躍。マレーシア人として初めて、英文メディア『日経・アジアン・レビュー』の表紙モデルに抜擢され、注目を集めた。また、海外に日本の文化の伝えたい、と日本各地の情報をTVレポーターとして発信。母国を離れ、日本から世界へ。活躍の場を広げるデボラさんにインタビュー。

写真 Raymond Pung/衣装 Eddie Cheow/ヘアメイク Celeste Ngan

——はじめてデボラさんと会ったのは、渋谷のマレーシア料理店でした。すらりとした長身に、ロングの黒髪。人を惹きつけるオーラがあり、天性のモデルだな、と感じました。イッセイミヤケやヨウジヤマモトなど、世界の一流ブランドと仕事をした経験をもつデボラさん。まず、モデルになったきっかけを教えてください。

 子どものころの将来の夢はアニメーターになることでした。アニメといえば日本なので、2006年に日本に渡り、武蔵野美術大学の映像学科に入学。大学2年のとき、校内のファッションショーに参加したのが、モデルに興味を持ったきっかけです。それから日本のモデル事務所に所属し、現在の活動を続けています。

——モデルの仕事を通して感じたことは?

 6年ほどモデルを経験してわかったのは、クリエイティブな発想が不可欠、ということです。モデルは、カメラマン、デザイナー、スタイリストなどの専門家が、自分の技を描く“キャンバス”ですが、キャンバス以上でなければいけません。モデル自身が想像をふくらませ、ポーズをとる。たとえば、現場の空間と調和していくのも、モデルの大事な仕事です。

 もうひとつ。文化の違いなのかもしれませんが、国によって、求められているモデル像が違うのも新しい発見でした。

——つまり日本とマレーシアでは、モデルに求めることが異なるということ?

 そうです。日本はモデルに「愛らしさ、さりげなさ」を求める気がします。マレーシアは「あでやかさ」かな。以前、台湾で仕事をしたことがありますが、台湾では「かわいらしさ」が大事なように感じました。もちろん、どの国もクリエイターたちの熱意は変わりませんし、より高みを目ざしているのは同じです。

——モデルだけでなく、レポーターとしても活躍しているデボラさん。NHKワールドTVでは、外国人レポーターとして日本文化を発信されていますね。

 「NHK Journeys in Japan」という旅番組で、日本各地をまわりました。静岡県の箱根、小田原、伊豆、北海道の富良野、美瑛。ほかにも、奈良、秋田の男鹿、山形、尾瀬など。有名な観光地から、日本人も知らない田舎町まで、さまざまな場所を訪れました。日本の田舎の自然はとても美しいですね。都会とはまた違った魅力があります。

——印象に残っている場所はありますか?

 はじめてのロケで訪れた尾瀬です。山小屋に泊まったのですが、そこは石けんを使うことが禁止されていて、お湯だけで体を洗うんです。細やかな配慮で、その土地の自然を守っていることに感動しました。また、北海道は、常夏の国で生まれたマレーシア人にとっては人生初体験の連続! 氷点下での露天風呂や雪山でのバックカントリーなど、どれも貴重な体験でした。秋田もよかったです。とくに、きりたんぽ鍋や山菜のおひたしなどの郷土料理が、すべて美味! 秋田弁を理解するのは難しかったけれど、イントネーションにはとても惹かれました。どの町も、その土地で暮らす人と話したり、交流したりしているときが、いちばん楽しいです。

——旅のなかで、マレーシアと日本で違うな、と感じたことはありますか。

 いちばん感じるのは、日本人の季節への思い入れです。季節の移り変わりにとても敏感で、たとえば紅葉を見ると「きれいだな」と思い、もう一方で「もうすぐ年が終わってしまう」とあせったりします。マレーシアはいつも夏なので、いつの間にか12月になり、感傷にふける間もなく次の年へ(笑)。日本人のように時の移り変わりをしみじみ感じたりはしないですね。

写真 Hazel Chiu/ヘア Po Tsang Ho/メイク Kevin Cheah/衣装 Alexander King Chen

——人と人とのコミュニケーションの方法で違いを感じたことはありますか?

 東北のロケで気づいたことなのですが、東北の人は、初対面のときはシャイですが、仲良くなると、とてもフレンドリーですね。東北弁のイントネーションが大好きで、いつまでも聞いていたいぐらい。

 もうひとつ、人間関係で感じるのは、マレーシア人は、どちらかというと家族や身近な人を大事にし、それ以外の人のことはあまり気にしません。日本人は、他人のことも大事に考えますよね。日本の「おもてなし」というのは、たとえば、道行く見ず知らずの人に楽しんでもらうために、公道に植えられた花を綺麗に整える、ということに近い気がします。つまり、知らない人のためにおもてなしをする。マレーシア人は自分の家の庭の花なら大事に育てますが、公道の花を手入れすることはしないと思います。

 また、日本人は何事にも一生懸命に取りくみ、その結果、スキルが高い人が多いですね。細かな部分にもこだわり、完璧を求めるのが、日本人かな。

アジア経済ニュースを英語で伝える『日経・アジアン・レビュー』の表紙を飾るデボラさん。Image courtesy of Nikkei Asian Review

——最近、日本からニューヨークに活動の拠点を移したそうですね。

 英語の文章のスキルを磨くために、今年の夏から、コロンビア大学に留学しています。以前、デジタル広告の制作会社の広報を担当していたとき、文章を書くことが多く、当時からもっと勉強をしたいと思っていました。「自分の言葉で、世界に情報を発信していく」。そのためには、英語の文をもっと勉強しなければ、とニューヨークへの留学を決意。今は、勉学にはげむ毎日です。応援してくれる家族、友人、元同僚、そして恋人に、いつか恩返しができるよう、がんばります。

 モデル、レポーター、ライターなど、マルチな才能を発揮するデボラさん。クリエイティブな発想力、そして自分というフィルターを通した世界観を大事にしながら、前に進んでいく魅力にあふれていました。彼女にとってのキャンバスは、日本でも、マレーシアでもなく、国を超えた広い世界なのです。


Deborah Ten

モデル、レポーター、ライター

クアラルンプール生まれ。武蔵野美術大学の映像学科を卒業後、ファッションモデル、NHKワールドTVのレポーター、デジタル制作広告会社の広報など多方面で活躍。マルチな語学力(英語、中国語、マレー語、日本語)をいかし、通訳、翻訳、ライティングなど、多言語での情報発信に力を入れている。現在はニューヨーク在住。

https://www.instagram.com/tendeborah/


[この記事はWAU No.14(2017年12月号)をもとに作成されています。]

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