アート

一枚の絵に描きこまれた 少数民族の生活

作品『TINAGAS KIEYEP』 (約1.2m x 2.4m)

村の歴史と文化を木版画に

パンロック・スラップ [Pangrok Sulap]

サバ州のアーティスト集団パンロック・スラップは、2018年、キナバル山の麓ラナウの少数民族ドゥスン・ティナガス族のキエイェップ村の村人とともに一枚の大きな木版画作品『TINAGAS KIEYEP』を製作しました。絵の上半分は、村の戦いと平和の成り立ちなどを伝える伝説、下半分にはこの村の歴史、生活文化が描かれています。この作品からティナガス族の生活をひもときます。

コミュニティとともに作品を作り上げる

 パンロック・スラップはこれまで、サバ州の様々なコミュニティ、村々で木版画ワークショップを行ってきました。2018年、彼らはボルネオ島内陸部の地域に電気を通すための活動をするNGO《ライトアップ・ボルネオ Lightup Borneo》のイベントに参加し、キエイェップ村と出会います。

 近年、口承で語り継がれてきた村の伝説や、文字で書き残されていない歴史に触れる機会は限られ、若者たちは村の歴史をあまり知らないといいます。ワークショップを通して、村の年配者たちに歴史や村に伝わる伝説を語ってもらうと、次々に口を開き、瞬く間に物語があふれたそうです。「これは、村にまつわる話を若者たちと共有できる大切なプロセスです。記録として書き残すことも大切ですが、文章だとなかなか手に取ってもらえず結局後世に伝わりにくい。一枚の絵にすることで村人たちも鮮明に物語を思い出し、語り継ぐことができます」と、グループのメンバー、バム・ヒザルさん。

 ワークショップで語られた様々なエピソードから、この村にとって大切だと思うものを村人たちとともに描き、木版画として仕上げたのが、この作品です。この村の近くには大きな川があるため、魚を獲る様子や水牛もたくさん描かれているのです。

村から学び、外の世界へ発信する

 サバ州には、約30以上の先住民族が暮らしているため、同じサバ州出身のメンバーでもティナガス族のお年寄りが話す言葉は理解できず、村の若者にマレー語に通訳してもらった、といいます。

 ワークショップの目的は、木版画作品を完成させることに留まりません。作品を通して、その村の歴史や文化、伝説を村人だけでなく外の世界へ発信していくことも目的の一つです。そして、村に入り、コミュニティとの関わりを持つことで、サバ州の歴史、森の中での食料の探し方、手工芸品の作り方などについてメンバー自身が学んでいるのです。

 ミュージシャンでもある彼らは、先住民族の伝統音楽にも深い関心があり、メンバーの一人、ギンドゥンさんはサバ州の伝統弦楽器「スンダタン」を自作し、演奏者が減ったこの楽器の保存継承にも努めています。

 また、作品をTシャツやワッペンに加工し、国内外でパンロック・スラップが開催するイベントで販売。その売り上げは、サバ州の村々の支援金として還元し、お年寄りや母子家庭などのサポートも行っています。


左から:Memeto Jack, Gindung, Rizo Leong, Jerome Manjat, Jibrail, Bam Hizal

2010年にサバ州ラナウで結成。「Jangan Beli Bikin Sendiri(買わずに、作ろう)」というDIY精神をテーマに活動するアーティスト集団。木版画をツールにサバ州のコミュニティの歴史や文化の掘り起こし、先住民族が直面する問題を描き、メッセージを発信している。近年は、インド、オーストラリア、台湾などの国際芸術祭に招待されるなど、世界中のアートシーンでも注目を集める。 2019年には、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」に招待作家として作品を出展。7月末から約1カ月間日本に滞在し、名古屋、東京、横浜などで木版画ワークショップも行った。

※WAU No.9(2016年9月号)『木版画アートコレクティブ パンロック・スラップ』にて、グループの中心人物の一人、リゾ・レオン(Rizo Leong)氏のインタビューを掲載


取材・文/上原亜季 Aki Uehara 協力/Pangrok Sulap

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