伝統芸能

伝統芸能「マイン・プトゥリ」をテーマにした作品づくりを通して

 山田うん(ダンサー)×カマルル・バイサ(伝統音楽家)

昨年マレーシアで、日本人ダンサーの山田うんさんがマレーシアの伝統音楽家とのコラボレーション作品「ブレッシング・オブ・ライフ」を発表しました。作品のテーマは、治療目的で演じられるマレーシアの伝統芸能「マイン・プトゥリ」。人間の霊魂に触れる儀礼の世界と現代的なダンスの出会い。どのような化学反応を見せたのか、演者ふたりにインタビュー。

ダンサー|山田うん
器械体操、バレエ、舞踏などを経験し、1996年から振付家として活動。2002年、ダンスカンパニー「Co.山田うん」設立。2012年からマレーシアでの文化交流活動も続け、「ワン◆ピース」(2016)、「季節のない街」(2017)などのマレーシア公演も実施。

伝統音楽家|カマルル・バイサ
Kamarul Baisah Hussin。クランタン州の芸能一家に生まれ、影絵芝居ワヤンクリッ、舞踊劇マヨン、伝統武術シラットなどの演者として伝統芸能を継承する。現在、マレーシア国立芸術文化遺産大学(ASWARA)講師、本プロジェクトでは音楽ディレクターを担当。長兄は、来日経験もあるカムルル・フシン氏。

土地に根ざしたエネルギーで パフォーマンスをする

——「マイン・プトゥリ」では、患者、精神世界と媒介する人、演奏家など様々なものが集まった濃密な空間の中で、シャーマンはトランス状態で患者と向き合います。うんさんのパフォーマンスでは、音楽と重なるなかで、無意識、トランスに近い状態で舞うことはありましたか?

 死ぬかもしれない、という崖っぷちまでいって、無事に生還する。それがシャーマンの仕事であり、私たちパフォーマーの仕事でもあります。ダンサーとしては全て意識的な動きにしたいのですが、この作品のなかでは無意識の動きもあふれだし、もう体力的に倒れるかも、もう精神的に壊れるかも、というギリギリのところまでいきました。そこまでいって崖から落ちないで還ってくるというのは、儀式のようにも感じました。

——この芸能では人間の内面に凝縮された「アギン Angin」が鍵になります。作品では、どのようにアギンを意識し、表現にのぞまれましたか?

 私のパフォーマンスでは、集中して呼吸を深め、意識的にを蓄えていき、自分の中のアギンを最高の純度にして、力強くそれを使いました。

——踊り手が台詞を話したり、歌いながら踊ることはマレーシアの伝統芸能の特徴の一つです。今回、ご自身のパフォーマンスで初めて、声を使われたそうですね。その声の出し方が現地の演者の発声法ととても近くて、共演者が驚いていました。

 弦楽器ルバブの音は人間の泣き声または叫び声のような音。ルバブがそばにいてくれたら声を出せそうだと思いました。鼻歌の様なものから始め、だんだんとドレミの音階とは違うルバブのメロディーに合わせながら声が出せるようになりました。普段、無意識に扱っている言葉や声色を、パフォーマーとしてもっと意識的に操れるようになりたい、と今回強く思いました。

——このプロジェクトを終えてどんなことを感じていますか。

 伝統的に暮らしのなかで培ってきた、誰もが持っているであろう土着的なエネルギー。土地の歴史も含めて、風土や文化が持つエネルギーに触れたことで、私自身の深い部分にあるエネルギーを使ってパフォーマンスをする術を学んだ気がします。土地がもつ強さに勇気をもらったプロジェクトでした。私自身のルーツや生きてきた土地の伝統性が私の踊りや考え方を作り、創造性につながっている。つまり、伝統とクリエイティビティというのは、本来切っても切り離せないものなのだということ。これからの時代、伝統と新しいものをつなぐ人や組織、システムやその多様性などが今以上に必要になってくると感じています。


ブレッシング・オブ・ライフ

[  プロジェクトの概要  ]
The Japan Foundation, Kuala Lumpurとマレーシア国立芸術文化遺産大学(ASWARA)の共催プロジェクト。2019年10月“Blessing of Life”と題した作品のショーケースがクアラルンプールで行われた。

[  プロジェクト参加者  ]
山田うん(ダンサー、振付家)
Kamarul Baisah Hussin(演奏家、音楽ディレクター)
Mohd Shafic Aminuddin Hussin(演奏家)
Salihin Bin Azman(演奏家)
Ahmad Ridwan Hussin(演奏家)
Zamzuriah Zahari(プロジェクト・コーディネーター)


Main Puteri マイン・プトゥリとは

マレー半島東海岸に位置するクランタン州で演じられている治療目的の芸能。マレーシアには儀礼目的や精神世界と関わりの深い伝統芸能が数多くあり、マイン・プトゥリ(マイン・トゥリとも呼ばれる)もその一つ。治癒対象となる病人が患っているのは、身体的な病ではなく、精神的、気の病などで、ここで重要になるのが「Angin アギン」。アギンの直訳は「風」ですが、人間の内面的な強い欲求や欲望を指し、このアギンが長期間満たされないと病を引き起こすと考えられています。

マイン・プトゥリを演じるのは、「トッ・プトゥリ」(シャーマン)と助手役を務める「トッ・ミンドッ」、そのほか数名の演奏家たち。トッ・プトゥリはトランス状態になり、患者の内面で病をもたらしているスピリットを探し出し、トッ・ミンドがそのスピリットと交渉をして、患者の中から出て行ってもらいます。この患者の霊魂とのやり取りをする儀礼を通じてアギンを満たし、患者に生気を与えるという目的があります。儀礼では食べ物などの供物も捧げられます。

助手トッ・ミンドッは、儀礼の間の音楽をリードし、最も重要な弦楽器「ルバブ」を演奏します。太鼓や銅鑼など打楽器がリズムを刻みます。バイサさんによると「ルバブの音の響きや音波は、人間の脳に興奮作用をもたらすことが科学的に明らかになっていて、マイン・プトゥリの音楽が病人を癒す要素になりうると考えられます。また、ルバブのメロディー、太鼓、ゴングなどのリズムは、人間の内側にある活気や情熱などを呼び起こす助けになるとも考えられています」とのこと。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です