©Kananathan Kanesan

シタール奏者、サミュエルJ. ダス氏(Samuel J. Dass)は、国内外で演奏活動を広げ、古典音楽だけでなくフュージョン音楽でも高い評価を受け、ボー・キャメロニアン・アート賞では作曲賞、ソロ演奏賞などを受賞。マレーシアのインド古典音楽がどのように伝承され、次世代に受け継がれているのか、自身の経験から教えていただきました。


シタールを始めたのは何歳の頃ですか?

 私の父親がマレーシア国内でシタール奏者として活躍していたので、幼い頃から古典音楽に触れる環境で育ち、7歳の頃から、父が病いで亡くなるまでの3年間で本格的にシタールの指導を受けました。曾祖父がインドからマレーシアにやってきたので、私は4世代目になります。祖父も音楽家で、舞踊劇などでインドの手漕ぎオルガン「ハルモニウム」の演奏をしていました。

スワラ・コミュニティー・アートセンターでシタールを学ぶ生徒たち ©Anuratha Sithambaram

お父様亡き後、様々な師匠に師事されてきました。プロ演奏家までの経験を教えてください。

 12歳から3年ほど、ラヴィ・シャンカールの弟子であり、マレーシアのシタール奏者の草分け的存在であったオルム・マヘシュワランに師事しました。家庭が貧しく、高校卒業後からフルタイムで演奏をしていました。マレーシアでは、インド古典音楽を学べる施設や教育機関が限られていたため、その後もインドから指導に来る師匠ら(グル)が自宅に長期間滞在し、生活を共にしながら毎日朝から晩まで指導を受けるなど、30歳でインド本国における最後のグルの元での修行に行くまで学び続けました。インド本国には素晴らしいシタール奏者が山のようにいますから、この楽器で世界的に活躍することは本当に大変なのです。

サミュエルさんは、他ジャンルの演奏家との共演やフュージョン、ジャズの演奏でも高い評価を受けています。西洋音楽やジャズも学ばれたのですか?

 フュージョンでは、まず自身の音楽の基礎はとても大切です。そして、インド古典音楽にはないハーモニーやリズムパターンなども学ぶ必要があります。私は20代の頃、ギターやキーボードを演奏したり、作曲や、ジャズ、西洋クラシックの基礎も学びました。音楽システムが分からないとフュージョンも難しいのです。共演者と歩み寄ることができなければ「コンフュージョン(混乱)」しか生まれませんから(笑)。

日本の伝統芸能では流派があり、流派を超えて師匠らに師事することはあまりないと思いますが、インド古典音楽でも流派がありますか?

 インド本国にもガラナ(流派)があります。しかし、時代は変化し、今はネット動画でも学ぶことができます。私は、若い演奏家たちが様々なグルからどんどん学び、音楽がより色彩豊かになればいいと思っています。私も学ぶ情熱を持っている人はオープンに受け入れます。

現在は、多様なインド芸能を教える「スワラ・コミュニティー・アートセンター」を主宰されています。

 音楽や芸術が社会全体を豊かにすると信じてコミュニティーに根ざしたセンターを設立しました。シタール、タブラ、インド古典舞踊のほか、ヨガやボリウッド・ダンス教室など10種類以上のクラスを設けています。主に寄付や演奏会の収入で運営していますが、伝統芸能や芸術が発展するには支援が必要です。今後、新しい政府や企業からも協力を得ながら、インド系の芸能が発展していくことを願っています。