音楽

魅力あふれる文化遺産 伝統的な歌「アスリ」を 若い世代にも伝えたい

歌手|Asmidar アスミダー

マレーシア出身の歌手Yunaは、日本でも知られていますが、実は、マレーシアには歌唱力があり、実力のある歌手が多く活躍しています。中でも、最近注目されているのはアスミダー。1950〜60年代に一世を風靡した女優/歌手サロマの再来との評価も。彼女の歌の魅力は、母から受け継いだ独特の節回しを持つ伝統的な民謡「アスリ」(※1)にありました。

マレーシアの民謡「ムジク・アスリ」を歌う

——日本でもファンが多いアーティスト、ピート・テオさんのミュージックビデオ「Hari Malaysia」(2013)で曲「Kembara(冒険)」を歌っていますね。情景が浮かぶような美しい歌声でした。

 ピートさんからは、レコーディング前の準備段階の重要性など、大切な事をたくさん教えていただきました。本番のレコーディングまでに、歌の調子から声の抑揚などすべてを体に染み込ませ、スタジオに入る時には、自分の体から湧き上がるように歌うことが大事だということを学んだのです。

昨年末にリリースされたシングル「Sireh Pinang」は、伝統的な民謡「アスリ」の曲を現代風にアレンジしていて素敵でした。アスリの歌は、幼い頃から歌っていたのですか。

 私の母はアスリの歌い手で、叔父は「ガザル・パーティ」(※2)という音楽の演奏家という音楽一家で育ちました。幼い頃から兄弟全員、母に歌を教え込まれました。子供の頃は歌のコンテストに参加すると、他の子たちが歌うのはポップスばかり。私だけ伝統歌謡だったので、自信がありませんでした。でも、歌手になった今、自分にアスリの基礎が染み込んでいることでユニークな歌手になれたことをとても幸せだと思います。

——憧れの歌手はいますか?

 伝統歌謡の素晴らしい歌い手、カマリア・ノール(※3)など、昔の歌手が大好きです。また、大学で西洋のクラシック、ジャズ、ポップスなど様々な音楽を学んでから、ソプラノ歌手マリア・カラスやローラ・フィジィ、エンヤ、ビョーク、と世界中の歌手に視野が広がっていきました。いつも彼女たちの歌から刺激を受けています。

——最近はアスリからバラード、ポップス、フォーク、ジャズなど、幅広いジャンルの音楽を歌っていますね。

 もちろんアスリの曲は大好き。でも、インディーズバンドでエスニック調のポップな曲を歌っていた時期もあるし、プロとしてはバラードの曲が多いです。同時に、アコースティックなアンサンブルに電子音を加え、浴室という変わった空間で響きを楽しむ「#keronchongbilekayer(浴室クロンチョン)(※4)」のように実験的な音楽作りもしています。自分に正直に好きなように表現したい。将来的には、いろんな要素が合わさった自分のスタイルを確立できたら嬉しいです。

——現在、テレビ番組のホスト役にも挑戦されています。

 国営放送RTMの「Warisan Kita(私たちの遺産)」という番組で、伝統音楽、伝統芸能などの演者に話を聞くホスト役を務めています。マレーシアにも素晴らしい伝統芸能の演者がたくさんいますが、後継者がいないまま失われていく芸能も多い。そんな芸能のことを若い世代にも伝えたい。そのために一体私に何ができるのか、日々考えています。

©Firdaus Salleh

——SNSを通じてファンとの交流もしていますね。

 本当は、アスリの歌を学びたい人全員を対象に、無料でクラスを開きたいですが、今はスタジオも時間もありません。そこで、インスタグラムを使って、アスリの曲を一節ずつ教える動画を流すことにしました。ハッシュタグをつけて(※5)、自分の歌を投稿してくれたら、どこを直したらいいのか、SNS上でフィードバックもしていくつもりです。

——今後の夢を教えてください。

 今の若い世代には、アスリは古くさく思われるし、あまり知られてもいません。でも、素晴らしい技術を持った歌い手たちがその技術を伝えられないまま亡くなってしまうのは本当にもったいない。だからこそ、私は自分自身が受け継いだ知識を後世に残すために伝えていきたい。社会に戻していきたいです。

 また、伝統曲のエッセンスを、新しくモダンな曲の中に取り込んで、今の時代にあった形で歌うことにも取り組んでいきます。伝統的な曲でもカッコよく変化させて新しい形を作り出すことができる。アスリの基礎が身についているからこそ、自分は、伝統と新しい形をつなぐ仲介役になれるのではと思っています。


注1:アスリ=Muzik Asli (ムジク・アスリ)あるいはLagu Asli(ラグ・アスリ)は、マレー系の民謡で、おもに口承によって受け継がれた歌のジャンル。バイオリンやフルート、アコーディオンなどの西洋楽器と、片面太鼓「ルバナ」やゴングなどのマレーの楽器で演奏される。

注2:Ghazal Parti(ガザル・パーティ)とは、中東やインドの音楽の影響を受けて主にマレー半島北部で発展した歌と演奏の音楽スタイル。伴奏には、弦楽器「ガンブス」、アコーディオン、バイオリン、フルート、ボンゴ、タンバリンなどが使われる。ダンサーが一緒に踊ることも多い。

注3:カマリア・ノールKamariah Noor、1940年代から60年代にマレーシアで人気を誇ったアスリの歌手。マレー映画黄金期の当時、多くの映画で歌の吹き替えもしていた。

注4: #keronchongbilekayerをつけてインスタグラムなどで検索可

注5: #NandungAsmidar #SehariSebarisLaguAsli



公 演 情 報

2006年に初演され、話題になったミュージカル「Puteri Gunung Ledang(レダン山の姫)」が14年ぶりに再演。アスミダーさんも歌手の一人として作品に登場。

Puteri Gunung Ledang the Musical

期間:2020年7月3日〜7月17日
会場:マレーシア国立劇場
イスタナ・ブダヤ(Istana Budaya)
監督:Tiara Jacquelina
www.pglmusical.com


Profile|Asmidar  アスミダー

本名:Norhasmidar binti Ahmad

1986年、クアラルンプール生まれ。幼少期から伝統的な民謡の歌い手として活動。2011年に歌番組「Vokal Bukan Sekadar Rupa」で優勝し、メジャーデビュー。現在は、歌手として活躍するかたわら、テレビ番組のホストや女優業にも挑戦中。

Facebook : @asmidar.10

Instagram : @asmidarisme

Apple Musicにて、アルバム「Kali Pertama」(2013)やシングル「Sireh Pinang」(2019)を含む8曲が入手可。SpotifyやAmazon Musicでも聴くことができます。



ショートフィルム  「HARI MALAYSIA (ハリ・マレーシア)」とは?

1957年の独立記念式典のニュース映像を加工し、当時の式典の中に現代の有名人を共演させるというユニークな作品。時を経て、初代首相のスピーチを現代の国民に再び届けたい、との思いから2013年に作られました。ノスタルジックな映像にのせてゆったりと歌うアスミダーの「Kembara」がとても印象的。演奏には日本人の音楽家も参加しています。(YouTubeにて視聴可 HARI MALAYSIA

エグゼクティブ・プロデューサー:ピート・テオ www.harimalaysia.com


Pete Teo氏が語るアスミダーさんの素顔

Pete Teo/ピート・テオ シンガーソングライター、作曲家、監督、プロデューサー、役者として幅広く活躍するマレーシアのアーティスト。現在は、クアラルンプール近郊にオーガニック農園も経営。

「彼女の歌声は、艶がありながら、純粋さもあり、独特な魅力を持っています。彼女の家族は伝統歌謡の歌い手の音楽一家で、伝統的な歌を歌うとき彼女らしさが際立つのです。僕はとても魅了されて、レコーディングとは関係なく何曲か歌ってもらいました。素晴らしかった。伝統歌謡を歌う彼女は、バラード曲などを歌っている時とは別の人物のようでした。まるで捕らえられた鳥が空に解き放たれたように。全く驚きでした。彼女は一生懸命で努力家、そして本当に素晴らしい才能を持っている。当時は、1曲だけしか仕事ができなかったので、いつか、マレーの伝統的な民謡を集めた彼女のアルバムをプロデュースしたいと願っています」

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