マレーシアの大ヒット映画『Mat Kilau』の音楽監督を務めた Santosh Logandran サントシュ・ロガンドラン氏。日本の舞台作品に参加するなど、世界で活躍するマレーシア人音楽家です。幼少期に自身のルーツであるインド古典音楽の歌やタブラ演奏を学び、現在は、作曲家、シンガーソングライター、サウンドエンジニアとしてキャリアを築いています。マレーシアの多民族社会の中で培われた音楽性をもとに、多様な音楽と現代性を融合した唯一無二の音楽を紡ぐサントシュさんに、ジャンルを越えた活動について聞きました。

『Soul of ODYSSEY』
日本の舞台での経験
サントシュさんの音楽に初めて“生”で触れたのは、今年の春でした。世界的な演出家・小池博史氏の舞台『Soul of ODYSSEY』にマレーシアから5名のアーティストが参加。日本の音楽家・太田豊氏とともに音楽を担当したのがサントシュさんでした。 (参照:『舞台『Soul of ODYSSEY』マレーシアの多様性が「鍵」に』)
「小池さんは、社会的な課題をハイライトしつつ、生命という壮大なテーマで作品を作り上げています。芝居もビジュアル表現も、音楽も、すべて小池さんの頭の中ではっきりとイメージされたものを形にしていくので、音楽についても細かく、どれくらいの尺で、どんな音がほしいか伝えてくれました。この作品は私にとって大きな挑戦であり、多くの学びがありました」とサントシュさん。
小池さんの舞台は、ビジュアル、身体表現、音楽、空間全体が緻密に計算され、舞台上に宇宙空間が立ち現れるようなインパクトのある表現が特徴です。その舞台で、観るものを物語に惹きこむ音楽を奏でるサントシュさんは、どのようにして音楽家の道を歩んできたのか、とても興味がわきました。

インド古典音楽から音楽家への道
インド系の家庭に育ち、インド古典音楽を学んでいた父親と同じ師匠について、幼いころから歌を学び始めたサントシュさん。15歳から5年間ほど、インドの音楽や舞踊などの伝統芸能を教える Temple of Fine Arts (TFA) にて北インドの古典音楽に使われる大小2つの太鼓から成る「タブラ」を習い、インド古典音楽の基礎を習得します。
「ギターやピアノなど、他の楽器はインターネットを通じて独学しました。最初は、友人の誕生パーティーでDJをしたり、自主企画で音楽を演奏する場を作ったのがミュージシャンとしての始まりです。19歳の頃には、イスラム神秘主義と深い関係にある宗教歌でパキスタンの伝統音楽である“カッワーリー” の師匠のもとで学びながら、一緒に演奏活動をしていました。幼いころから家庭内には常に音楽があり、音楽は私の人生の大部分を占めているため、音楽でキャリアを築くことは私にとってとても自然なことでした」とサントシュさん。
その後、オーディオ・エンジニアリングと音楽制作の専門学校「Ocean Institute of Audio Technology (OIAT) 」(クアラルンプール)にてサウンドエンジニアリングを学び、ディプロマを取得。サウンドエンジニアとしてのキャリアを切り拓いていきます。
ここ数年、音楽監督や作曲家として映画や舞台作品でも活躍するサントシュさんの音楽の特徴のひとつであるインド古典音楽をベースにした歌、パーカッション、そこに現代的なサウンドがミックスされたスタイルが、幼少期からの経験をもとに築かれてきたことがわかります。
最新のミュージックビデオ
『VA ANBEY VA』
演奏活動や音楽制作のみならず、絵を描いたり、映像の編集もするサントシュさんは、自身のミュージックビデオも編集しています。
「最新のミュージックビデオ『Va Anbey Va 』は、私が愛する人々、そして自分自身にとってより良い人間でありたい、との想いを込めて作った曲で、タミル語と英語で歌っています。私は、人生に抗うのではなく、そのまま受け入れることで“自由”を得られると理解するまで、自らの意思に反して自分自身を抑制していると感じていました。この曲は、自己の内なる否定的で破壊的な思考・感情・行動を手放し、人生を最大限に生きるよう呼びかけるものです。ブルースや、より現代的な ローファイ・ポップ(音質を意図的に低下させ、ノイズや音の歪みを特徴とする音楽)の要素を融合した音楽に私の歌をのせています」。
サウンドエンジニア、
音楽家として映画の世界に
サウンドエンジニアとして、映画製作に携わるサントシュさん。実は、マレーシアのリー・シンジエと日本の阿部寛が共演したマレーシア映画『夕霧花園』(*1)(トム・リン監督、2019年)にサウンドエンジニアとして参加しています。(*1 第二次世界大戦期のマレーシア(マラヤ)における日本人庭師と現地女性の恋をひも解く、幻想的でミステリアスな歴史ラブストーリー。)
「『夕霧花園』は台湾のトム・リン監督による作品で、マレーシア、日本、台湾の俳優が参加するなど、多国籍でさまざまなバックグラウンドをもつアーティストが製作に参加した、まさに “アジア映画” と言っていい素晴らしい作品でした。日本の庭園の美しさについても知ることができ、とても印象に残った作品のひとつだ」と、振り返ります。
その後、音楽監督として映画全体の音楽を制作することになりますが、その手法をまったく知らなかったため最初は手探りで苦労したといいます。
「映画の音楽は、物語全体のテーマをつかんでモチーフとなるメロディを作り、シーンごとの感情にあわせてそのメロディをアレンジしていきます。映画音楽の制作は、サウンドエンジニアの仕事とは異なるため、これまで約10年間、トライアンドエラーの繰り返しで試行錯誤してきました」。
そして、2022年の公開からマレーシア史上最高の興行収入を記録した注目作『Mat Kilau: Kebangkitan Pahlawan』(シャムスル・ユソフ監督、Netflix 邦題:『マット・キラウ:自由のための反逆』)では、音楽監督を務めました。
「マレーシアの歴史上の人物マット・キラウとイギリス人入植者との戦いを描いたアクションで、初め監督からはハリウッドのようなイメージで、西洋的なストリングスなどを使った音楽を求められました。しかし、伝統武術シラットなど、マレー系の伝統的な文化や人々の “Semangat (精神性)” が描かれた作品ですから、私はマレーシアの民族楽器であるスルナイ(リード楽器)、ルバブ(弦楽器)、グンダン(両面太鼓)、スリン(竹笛)などの音を取り込むことを提案しました。それにより、マレーシアの様子をとてもよく表現できたと思っています」。
映画の公開後、本作のサウンドトラックからシラットのシーンの曲「Pencak Silat」が多くの若者たちによってTikTokの動画で使われるなど、この映画の注目度の高さに驚いたそうです。
さらに印象深かったのは、この作品について多くの取材を受けたサントシュさんが何度も聞かれた「インド系の音楽家がなぜマレー系の映画の音楽を制作することができたのか?」との質問に、「もちろん私が最初に学び、音楽の基礎となっているのはインド古典音楽ですが、それ以前に私はマレーシア人です。インド系だけでなく、マレー系、中国系の友人たちに囲まれて育ちましたから」と答えてきた、というエピソードでした。日常生活の中でも、さまざまな文化に触れ、音楽を耳にする。サントシュさんの音楽性は、そんなマレーシアの多民族社会の中で培われたのです。
2025年8月21日に公開されたばかりのマレーシア映画『Legasi: Bomba the Movie』(監督:James Lee, Frank See )にも作曲家として参加しています。
『火の鳥プロジェクト』
世界の多様なアーティストと紡ぐ音楽
現在、サントシュさんはこの秋、京都と東京で上演される舞台『HINOTORI 火の鳥・山の神篇/海の神篇』に向けて準備を進めています。本作は、演出家・小池博史氏が2022年より世界各地で展開してきた「火の鳥プロジェクト」の集大成となる作品で、日本、ポーランド、マレーシア、ブラジル、インドネシアの多様なアーティストが国境を越えて集結。「死」と「再生」という根源的なテーマを持つ「火の鳥」を描き出します。
「『HINOTORI』は、世界中の色とりどりの音楽を集めた『グローバル・パレット』と言えるでしょう。小池さんの演出により、世界の伝統音楽と現代的な音楽がみごとに融合し、画期的なサウンドとなってひとつの舞台を作り上げます。この作品について考えると『Yaadhum Oore Yaavarum Kelir』というタミル語の詩人カニヤン・プングンドラナールの言葉が思い浮かびます。“この世界は万人の故郷であり、すべての人は私の親戚である”という意味です。この作品はこの言葉そのものだと感じています」。
「これからさらに映画や舞台など、ジャンルを越えて音楽制作に参加することで私の創作の地平を広げていきたいです。さまざまな伝統楽器とのコラボレーションにも挑戦して、私の音楽のあり方を豊かにしていきたい。そして、自分のスキルを次の世代へとつなぎ、若いミュージシャンを育てていきたい」と最後に今後のビジョンを語ってくれました。まずは、9月、10月の舞台『HINOTORI 火の鳥・山の神篇/海の神篇』公演を楽しみにしたいと思います。
【公演情報】

京都公演『HINOTORI 火の鳥・山の神篇』※前半部のみ
■ 日程: 2025年9月13日(土)全2回公演
■ 会場:ロームシアター京都 サウスホール
東京公演『HINOTORI 火の鳥・山の神篇/火の鳥・海の神篇』
■ 日程: 2025年10月11日(土)~14日(火)全6回公演
■ 会場: なかのZERO 大ホール
「火の鳥プロジェクト」公式サイト: https://kikh.org/2025/03/05/hinotori-phoenix-of-mountain-phoenix-of-sea/
【映画公開情報】
サントシュさんが作曲家として参加した映画『Legasi: Bomba the Movie』(監督:James Lee)が、2025年8月21日よりマレーシアで公開。超高層ビルで民間人や消防士の命を脅かす猛烈な火災に立ち向かう消防士たちの試練を描いたアクションドラマです。
