マレーシア人であるとは、どういうことだろうか?
それを決めるのは言語、人種、それとも宗教?
これは、アミール・ムハマドAmir Muhammad 監督のドキュメンタリー映画『The Big Durian』(2003年)から、ショバアンShobaan 監督とハラン・カヴェリHaran Kaveri監督によるタミル語映画 『Simple Manusan』(2025年)まで、さまざまなマレーシア映画が投げかけてきた問いです。マレーシアの映画人たちは、メジャーな映画やニュースに描かれてきた「マレーシア人像」に疑問を持ち始めています。そして、ボルネオ島・サバ州出身のベブラ・マイリン監督も、最新作『Ninavau』で東マレーシアの視点からこの問いに向き合っています。

本作は、監督自身の体験をもとに製作されています。物語では、首都クアラルンプールで働くカダザン人女性ニナバウ(Jovenea Jim役)は、妹エルビラ(Tati Eliana Tonny役)の結婚式に出席するために故郷であるサバ州に戻ります。伝統とコミュニティの価値観を深く重んじる家族は、都会で働くニナバウを誇りに思い、カダザン文化継承の象徴だと考えています。しかし、ニナバウは家族の絆を壊しかねない「秘密」を抱えています。
彼女は、イスラム教徒に改宗しているのです。

世界が保守化する中、マレーシア政治において宗教の改宗に関する話題はタブー視されていますが、サバ州とサラワク州の多様な宗教のあり方もこの論争に巻き込まれています。サバ州だけでも、カダザン人、ドゥスン人、ビサヤ人など、33の少数民族が暮らし、50の言語と80の方言が使われています。マレーシアにおける映画製作の中心地は依然としてクアラルンプールであり、こうしたサバ州の多様性に光が当たることは少なく、他の州の物語はあまり描かれてきませんでした。
しかし、近年、東マレーシアの物語を醸成することを主な目的として、より多くの公的資金がサバ州とサラワク州に振り向けられるようになったことで状況は変わり始めています。この変化を先導している一人が、ペナンのマレーシア科学大学(USM)で学んだ、ベブラ・マイリンです。コミュニケーション(映像学)の分野で修士号を取得た彼女は、受賞歴のある短編映画『Eye Love』(2011年)と『Langad Di Odu』を監督。ドキュメンタリー作品『Rapuh』は、2016年に日本の京都で上映されました。2021年には、2022年のアカデミー賞にマレーシア代表として出品された『Prebet Sapu』(2020年)をプロデュースしました。そして、本作『Ninavau』は、べブラ監督の長編デビュー作です。
(2011年、短編映画『Eye Love』がコタキナバル国際映画祭にて最優秀作品賞を受賞。2012年にはボルネオ環境映画祭で、2作目の短編映画『Langad di Odu』が最優秀作品賞を受賞した。)
本作の物語は、主に家族の視点で語られます。ニナバウは、血のつながりと思い出によって絆をもつ「内なる者」と、故郷を離れ、徐々にその世界から遠のいてしまった「外なる者」の両者の立場で描かれています。最初の30分、まず、現代的なカダザン人の生活から物語は始まります。この家族は、木造ではなくモダンなコンクリートハウスに暮らしながらも、伝統を深く重んじています。イノシシ料理の準備から結婚式の儀式「Miohon Pinisi」まで、この映画は、文化的アイデンティティを放棄することなく近代性と向き合うコミュニティの姿を描き出します。エルビラと父親エドワード(Edward Sinsong役)は、キリスト教徒ですが、彼らは組織化された宗教の到来以前からの慣習を今なお受け継いでおり、このことは、サバ州におけるアイデンティティが常に固定的なものではなく、重層的なものであることを示唆しています。

この映画の感情的な本題は、姉ニナバウと妹エルビラの関係にあります。姉がイスラム教徒に改宗したことに傷つき、戸惑うエルビラは、当初その決断を家族や自らのルーツを拒絶するものだと考えていました。しかし、結婚式が近づくにつれ、彼女は信仰と家族が必ずしも対立するものではないと理解し始めます。
ベブラ・マイリン監督は、この対立を宗教間の争いとして捉えるのではなく、愛や共感、そして親愛の情がいかにしてイデオロギーの相違を乗り越えて存続し得るのかを探求しています。エルビラが最終的にニナバウを受け入れることは、単純な解決ではなく、アイデンティティは人種、宗教、文化といった単一の指標に還元できるものではない、という気づきを表しているのです。
TUFS Cinema
マレーシア映画『Ninavau-光』
2026年7月18日に東京外国語大学にて『Ninavau-光』の上映会があります。


上映プログラム
【日時】 2026年7月18日(土) 13:30開映 (13:10開場、16:20終了予定)
【会場】 東京外国語大学 アゴラ・グローバル プロメテウス・ホール
【プログラム】
- 映画『Ninavau-光』本編上映(93分)
- 上映後解説/トーク
上田 達(摂南大学国際学部・教授)
司会:左右田 直規 (東京外国語大学大学院総合国際学研究院・教授)
企画:戸加里 康子 (東京外国語大学・非常勤講師)
【その他】 入場無料、一般公開 ※事前登録制
【共催】東京外国語大学TUFS Cinema
科研費基盤
(C)「立憲君主制と政治的中立性――恩赦から見るマレーシア国王の政治権力」(代表:左右田直規)
【協力】 東京外国語大学多言語多文化共生センター
【作品紹介】
『Ninavau-光』
監督:べブラ・マイリン Bebbra Mailin
受賞歴等:2025年第8回マレーシア国際映画祭 (MIFFEST) オープニング作品
2025年/マレーシア/93分/マレー語・カダザン語/英語・日本語字幕/原題 Ninavau
TUFS Cinema 『Ninavau-光』公式サイト: TUFS Cinemaマレーシア映画『Ninavau-光』 | 2026年度 | EVENTS | 東京外国語大学
