映画FILM

マレーシア異端の新鋭。エドモンド・ヨウ監督インタビュー

レアアース工場の建設に反対する人々のデモ。実際のニュースをモチーフにしているところは、タイガーファクトリーの時から変わらない

日本純文学とマレーシアのリアル

マレーシア人映画監督の中でも屈指の日本びいきであるエドモンド・ヨウ。昨年の東京国際映画祭で、『破裂するドリアンの河の記憶』(以下、ドリアン)が、マレーシア国内からは初のコンペティション部門への出品を果たしました。ヨウ監督は、学生時代は早稲田大学安藤紘平研究室で映画を学び、マレーシア人で唯一、カンヌ、ベルリン、ヴェネチアの三大映画祭に出品を果たしているウー・ミンジン監督の『タイガーファクトリー』の企画・脚本をつとめるなど、学生時代からその頭角を現していましたが、意外にも長編作品は本作が初めて。痛々しく、しかし瑞々しくもあるマレーシアの今を、自身の視点でしっかり描いた渾身の作品です。

『破裂するドリアンの河の記憶』
River Of Exploding Durian / 2015

2014128分/北京語/マレー語/広東語監督/脚本/編集 : エドモンド・ヨウ

高校生の淡い恋愛物語で始まり、環境問題や歴史への考察など、複数の人物の視点を織り交ぜて展開していく。題名のドリアンは、外と中のギャップがあるマレーシアという国のメタファー。ラストの衝撃が胸に突き刺さる作品。

動画配信サイトMUBIで視聴可。
https://mubi.com/specials/edmund-yeo

『タイガーファクトリー』

2010年、マレーシアの実際の社会問題をモチーフに、日本渡航で別の未来を夢見る少女の話を描いた注目作。同じテーマで描かれるスピンオフショートストーリー『避けられない事』は、ミンジンのプロデュースによるヨウ監督作品で、同年、東京国際映画祭「アジアの風」部門にて併映されている。

マレーシアの実情に迫った問題作発表から1年

—東京国際映画祭から約1年、どんな1年でしたか?

とても忙しい1年でした。『破裂するドリアンの河の記憶』(以下ドリアン)と一緒に、たくさんの映画祭に行きましたし、仕事ではマレーシアのミュージシャンのPVを撮ったり、ドキュメンタリービデオの編集も手がけていました。すごくハードで、ちょうど2日前に終わったんです。

—充実してたのですね。ドリアンはどんな映画祭で上映されたのですか?

ロッテルダム、ソウル、シンガポール、カンボジア、スリランカ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、それに、来週は香港アジアン映画祭に行きます。それから、イタリアの映画祭のコンペにも招待されてますし、今月、来月は、フィリピン、インドネシアでも上映されます。

—素晴らしい!

あれから1年、いまだにこの映画に興味を持っていてもらって本当に光栄です。

—この映画が、多くの人、多くの映画祭に受け入れられたのはどうしてだと思いますか?

この映画にはマレーシアのいろいろな事が詰まっているからだと思います。現在の社会的、政治的問題や、マレーシアの忘れてはならない歴史、そして愛というような普遍的なテーマをベースに、困難な社会の中で成長しようとする人々を描いているからだと思います。この映画の内容は国内ではセンシティブな問題なので、国内で上映するのはかなり難しい。それにもかかわらず僕のキャストとクルーは本当に勇敢でした。この映画に信念を持ってくれていたんです。実は、当初オファーしたマレーシアの俳優の何人かは、このシナリオが物議を醸す事が分かっていたので、断らざるを得なかった。だから、この映画が他の国の映画祭などで上映されるのは本当に嬉しい事だと思っています。

すべてのキャスト・クルーの挑戦によって

—それで、今回の主演は台湾の女優さんなんですよね。彼女は本当に素晴らしかった。

はい、本当に!僕は、ドリアンの主人公、リム先生のキャラクターを演じる事は、マレーシアの女優にとっては非常に立場が難しくなると分かっていたので、台湾の女優、チュウ・チーインに頼む事を決めました。結果的に大成功でした。

教師リムを勤めたチュウ・チーイン

—あなた自身に影響はないのですか?

ドリアンが、マレーシアで初の東京国際映画祭のコンペティション参加作品ということで、メディアは好意的でした。その他にも多くの映画祭で評価されたので、実際、僕は仕事が増えました。それにとても良いニュースとしては、ダフネ・ロー、コー・ショーン、ジョーイ・レオン、みな、前よりずっと有名になりました。主演のチュウ・チーインもその後出演したTVシリーズが認められ、台湾の大きな映画祭、Taiwan’s 50th Golden Bell Awardsで最優秀女優賞を受賞しました。こういうのは監督として本当に嬉しいですね。

—あなたの映画が国際的に有名になることで初めて「マレーシア映画」に興味を持つ人もいると思いますが、あなたの映画はマレーシアでも異色ですよね。「マレーシア映画」とあなたの今後の活動についてどう考えますか?

僕の答えは非常にシンプルです。「良い映画を作る事」。他の国の国際映画祭に招待されるとき、それは結局のところ、僕の映画はマレーシアを代表しています。だからこそ良い映画を作らないと。

—実際、あなたが映画を撮るときは、どんな演出をしているのかとても興味があります。主演のチュウ・チーインは本当に素晴らしく、白熱した演技で魅せられました。彼女にはどんな演出をしたのですか?

今回、リハーサルする時間がなかったので、彼女がマレーシアに入る前から、たくさんディスカッションしました。僕たちは三島由紀夫の作品について語り合いました。そう、ドリアンのストーリーラインは三島由紀夫の作品からアイデアを得ました。ほとんどのシーン、僕は彼女に、説明をするだけでした。僕は彼女がどう演技するかが楽しみだったからです。

—未だ見ていない方のために詳しくは書けませんが、クライマックスのシーンは、とても心に迫る、リアルな表情でした。

あのシーンも、当初はもっと違った演出をしていたんです。彼女はキャラクターの行動からではなく、心情を表情に現しました。彼女のこういった演技のアプローチは周りの俳優にもとても良い影響を与えました。彼女は、役柄だけではなく、本当の意味で先生でした。

—そして興味深いキャラクターがもう一人います。メイ・アン。困窮した暮らしから抜け出せずに絶望しているように見えます。

彼女の声はマレーシア人の声です。変えたくても変えられない。この映画の中でリム先生とメイ・アンは僕の考え、フー・リンとミンの声は僕の感情を現しました。

主人公ミン(コー・ショーン)と、メイ・アン(ジョーイ・レオン)

マレーシアという国はそんなに単純じゃない

—この映画はある意味、あなたの分身なんですね。

間違いなく。一部のお金に恵まれているマレーシア人は海外に勉強にいくこともできます。ミンのように。でもメイ・アンのように何もできない人もいる。結局のところ、変わりたくても、何をどうやって変えたら良いかわからないのです。すごく悲しい事です。

この作品は間違いなくヨウ監督の分身であるという

—あなたも、オーストラリアや日本へ留学した恵まれた若者の一人だった。メイ・アンのような人を映画として描くことは、使命だったかもしれないですね。

はい、外国に行って自分の国から遠くに離れた時、今まで見えなかった事が見える事は多々あります。自分の国の歴史に興味がわき、好奇心が芽生えます。20代から30代にかけて、マレーシアから離れたことにより、僕の身にもそういったことがおこりました。

—マレーシアの良いところにも改めて気付いた?

はい、マレーシアはマルチカルチャーの多言語国家であり、異文化を愛する素晴らしい文化を持っています。国を離れても、どこの文化とも適応するのが容易です。僕はこの10年、マレーシアで撮影された日本映画を観た時は、悲しくなりました。マレーシアはエキゾチックでココナッツの木がある単純な国ではありません。はるかに複雑で奥が深いのです。

—最後に、あなたの分身のような作品を産み出し、さぞ、消耗したのではないですか?

いえ、僕はこの作品を作っているときこそ生きていると感じました。それまでの自分は半分眠っていたようなものです。これからもいろいろな場所へ行き、多くの映画を見、本を読み、もっともっと物語を書いて行きます。

—これからも期待しています!

インタビューを終えて/昨年の東京国際映画祭のコンペティション上映時から取材したかったエドモンド・ヨウ監督。ようやく落ち着いた頃かと思いきや、まだまだ作品は世界中を周っていました。彼が日本文学に造詣が深い事は聞き及んでいましたが、彼の作品が、国や世代を超えて受け入れられるのは、この文学的表現力と洞察力なのだと改めて感じました。今後もどう切り込んで行くのか今からとても楽しみです。(2015年11月取材)


エドモンド・ヨウ(2015)

取材・文 Rie Takatsuka(ODD PICTURES)
写真提供 Edmund Yeo

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です