故郷ミャンマーを追われたイスラム教徒の少数民族、ロヒンギャ難民を描いた映画『LOST LAND/ロストランド』が、2026年4月24日より公開されます。安住の地をもとめて、バングラデシュの難民キャンプからタイ、マレーシアへと命がけで国境を越える幼い姉弟の旅路が、ドキュメンタリータッチで圧倒的なリアリティをもって映し出されます。バングラデシュ、タイ、そして現在、12万人以上のロヒンギャ難民が暮らすマレーシアを含め、全編海外でロケが行われました。映画に込められた想いや、おもにマレーシアでの撮影体験について、藤元明緒監督に聞きました。

原題『Harà Watan』
故郷を失う痛み
まず、ロヒンギャの方による本作の原題「Harà Watan (ハラ・ワタン)」は、直訳すると『失われた故郷』。「この〈故郷〉は、〈身体〉とも捉えられる言葉で、故郷を失うということは、自分の身体の一部を失う痛みでもある。とても必然性があるタイトルだと感じています。故郷を失う痛みも含めて観る人に想像してもらうことが、この映画のとても重要なところです」と藤元監督は原題に込められた想いを語ります。
本作には主演の姉弟のほか、総勢200名以上のロヒンギャの人々が出演し、物語はロヒンギャ語で語られます。彼らには演技経験はないものの、当事者として現実をありのままに投影することで、これ以上ない説得力を作品に与えています。
過酷な密航の現実と
懸命に生きる姉弟
物語は、5歳の弟・シャフィと9歳の姉・ソミーラが叔母とともに、約100万人のロヒンギャ難民が暮らすバングラデシュ・コックスバザールの難民キャンプを発つところから始まります。漁船に詰め込まれたロヒンギャの人々は海を渡り、タイを経由しマレーシアを目指します。
故郷への想いを歌う者の姿や、キラキラと輝く海は幻想的にも見えますが、荒波に揺られながら彼らが思い起こすのは、故郷の村が焼き払われる様子。航海は何日も続き、日中は照りつける太陽をしのぎ、嵐の夜を堪えるなか人々の体力は奪われていき、命を落とす者も。

人身売買組織ともいわれるブローカーによる搾取や、たどり着いた国々で当局に拘束されるリスクなど、国籍をもたない彼らの越境は常に死と隣り合わせです。 しかし、劇中、目を覆いたくなるような密航の現実があまりにも厳しいからこそ、懸命に生きる主人公の姉弟の魅力がより輝いて見えるのかもしれません。
子供たちは太陽のような存在
シャフィとソミーラは実の家族であり、弟を守ろうとする姉の姿と、屈託のない笑顔を見せる弟の表情が胸に焼き付きます。作品全体は重く、暗いのですが、とくに、〈だるまさんが転んだ〉のような遊びのシーンは、子供たちがキラキラと輝き、光が射しこむ情景もあいまって強く印象に残ります。そして、彼らの希望、この笑顔を守りたいという想いが込みあげます。
「実際に〈かくれんぼ〉や〈だるまさんが転んだ〉を通して、あの姉弟と僕らは仲良くなりました。遊びには言葉がいらないので、観ている人も言葉がわからなくても心を通わせられる瞬間を映画の中に作りたくて、普段通りに遊んでもらいました。悲劇的な物語ですが、主演の二人は本当に太陽のような存在です。過酷な現実だけではなく、あのような子供たちがいるという明るいイメージも含めて受け取ってほしい。どこにいても、子供は子供。いろんな歴史や背景があっても、同じ子供、同じ人間なんだ、ということがむき出しになったシーンです。撮影をしながら私も自分の子供のことを思い出しました」と藤元監督。

「海外で過ごすロヒンギャの人々にも二世が生まれ、親の世代が経験してきたことの記憶も薄まってきていると思います。ですので、ロヒンギャの親御さんが彼らの子供たちに見せられる映画にしたい、という想いも最初のコンセプトにありました。その想いもあって、子供たちが主人公になっています。」
「ロヒンギャの人々は、遠い国の、遠い人たちのように感じるかもしれませんが、映画を通して彼らと疑似的に出会い、2時間ほど一緒に過ごすことで少し身近に感じ、彼らの想いや、生き様などがみなさんの記憶に残ると信じています。」

マレーシア人クルーとの撮影
全編海外でロケが行われた本作。バングラデシュ、タイの他にマレーシアでも撮影が行われました。マレーシアでは、現地の共同プロデューサーをはじめ、ロヒンギャ語/英語の通訳、照明部や録音助手、メイク担当など、マレーシア人クルーが参加。初めてのマレーシアで、海外スタッフとの撮影に当初はテーマ的にも不安があったと語る藤元監督ですが、「撮影の申請から実際の撮影までとてもスムーズに進みました。現場では、ロヒンギャでイスラム教徒のスタッフのお祈り時間やラマダンの断食など、宗教的な習慣や文化の違いを教わりながら撮影をすすめた」と振り返ります。
多民族がともに暮らすマレーシア。クルーも、さまざまなルーツをもつスタッフで構成されていたとのこと。「今は日本にもいろんなルーツの人がいます。個人的には、故郷はいくつあってもいいと思うんです。また〈新しい故郷〉がどんどん生まれていくような環境が理想的です。マレーシアでは、人々の間にそういった土壌を感じました。同じマレーシア人でも、いろんなルーツをもつスタッフがいて、名前のかんじも違う。それでも一体になって、一緒に暮らしているというのは、日本が学ぶべきところがあるなと感じました。」と、ミャンマーでの活動歴が長い藤元監督にもマレーシアでの撮影体験は新鮮だったようです。

今後の活動・作品について
藤元監督の初長編作品は、在日ミャンマー人家族をテーマに、子供たちの心の揺らぎを繊細に描き出した『僕の帰る場所』(2017年)。長編第2作『海辺の彼女たち』(2020年)では、日本で働くベトナム人技能実習生の女性たちを描くなど、鋭い視点で社会を見つめつつ、いずれの作品でも藤元監督の温かい眼差しや想いが感じられました。同じ日本に暮らしながら“見えない存在”のような人々に光を当ててきた監督の今後の作品にも期待が高まります。
「私の妻がミャンマー人なので、日本に暮らす外国人のことを考えることは、自分の暮らしにも関わります。近年は、外国人排斥運動が想像以上に社会に広がっているという不安にも駆られます。今後もそのようなテーマで、映画にできることを、信念をもって続けていきたいです」と今後の展望を語ってくれました。
『LOST LAND/ロストランド』は、2025年8月、第82回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門にて日本人監督初の審査員特別賞受賞をはじめ、各国の映画祭で受賞を重ねています。日本に先駆けてフランスでの公開も始まるなど、国際舞台でも注目を集めています。
2026年4月、インド洋でロヒンギャ難民が過密状態で乗っていた船が転覆し、子供を含む約250人が行方不明となっています。本作の物語は、現実世界と地続きです。世界情勢がますます厳しくなるなかで、移民や難民の人々が直面する現実に対して私たちに何ができるのか考えると、やはり〈知る〉ことからしか始まりません。日本でも『LOST LAND/ロストランド』が多くの人々に届くことを願っています。
【『LOST LAND/ロストランド』 作品情報】(原題『HARÀ WATAN』)
脚本・監督・編集:藤元明緒
出演:ムハマド・ショフィック・リア・フッディン、ソミーラ・リア・フッディン 他
2025年/日本・フランス・マレーシア・ドイツ/99分
配給:キノフィルムズ
劇場公開:2026年4月24日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinéma新宿、ポレポレ東中野ほか全国ロードショー
〈STORY〉
難民キャンプで暮らす5歳のシャフィと9歳の姉ソミーラ。二人は家族との再会を願い、叔母と共に遠く離れたマレーシアへ旅立つことに。パスポートを持てない彼らは密航業者に導かれるままに漁船へと乗せられる。自然の猛威や人身売買の危機に阻まれながらも、姉弟は過酷な道のりを必死に乗り越えていく。(公式サイトより)
〈公式サイト〉
映画『LOST LAND/ロストランド』公式サイト