今号は、マレーシア・アニメーションの父、ハッサン・ムタリブ(Hassan Muthalib)をご紹介します!


Hassan Muthalib

「パッハッサン」の愛称で呼ばれるハッサン・アブドゥル・ムタリブは、独学でアニメーターとなり、マレーシア・アニメ界のパイオニアとなった人物です。マレーシアの「手塚治虫」とは言い過ぎでしょうか。①『Hikayat Sang Kancil dan Monyet(マメジカと猿の物語)』(1984)、②『Gagak yang Bijak(賢いカラス)』(1985)、③『Singa yang Haloba(欲張りなライオン)』(1986)など、記憶に残る短編アニメ作品で有名です。

 1945年、ケダ州アロー・スター生まれ。特にアートの勉強をしたわけでもなく、本人も才能があるとは思っていませんでした。あまりにも絵が下手で、美術の先生からは今後美術を専攻するな、と言われたことも。それでも、コミック誌の絵の模写をやめなかったパッハッサン、とうとうFilem Negara Malaysia(マレーシア国立映画局)のデザイン部門を統括することになり、短編アニメの監督役を務めます。「他のアニメ映画を借りては拡大鏡を使って見て、模写したり、試行錯誤の連続だった」と振り返ります。そして、1998年、マレーシア初の長編アニメ『Silat Lagenda(伝説の戦士)』の監督として歴史を築きました。

 74歳の今も、講義のために世界を飛び回っているパッハッサンは、日本の桜も大好きです。著名な映画史家・評論家としても知られ、近年は少し腰を据えて執筆活動にも力を入れています。これまでに2冊の書籍を出版。リタイアについて尋ねると、「私の人生そのものが作品。休暇を取って、ビーチでリラックスするより、生涯何かをし続けなければいけないのさ」と答えるのです。


A・サマッド・ハッサン

A Samad Hassan/マレーシアの映画製作者として受賞歴のあるインディーズ作品から大ヒット作まで約100の長編映画製作に携わる。非常勤講師のかたわら映画やマレーシア文化、黒魔術などについて講演もする。神戸にて留学経験があり、オヤジギャグを愛する。


文/A・サマッド・ハッサン A Samad Hassan  翻訳/上原亜季 Aki Uehara