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映画『ムーンライト・シャドウ』エドモンド・ヨウ監督インタビュー [WAU No.31]

Interview with Edmund Yeo, the Malaysian Film Director

あらゆる境界線が幻のように昇華するマジカル・リアリズム

 吉本ばななの名作『ムーンライト・シャドウ』(新潮社刊『キッチン』収録作品)が、昨年待望の映画化。監督を務めたのは、マレーシア出身のエドモンド・ヨウ。第30回東京国際映画祭(2017)で『アケラット─ロヒンギャの祈り』が最優秀監督賞を受賞し、日本とマレーシアの合同製作映画『Malu 夢路』(2020)の監督を手がけるなど、日本映画界との縁が深い人物。ずば抜けた美的センスで独特の世界観を表現するエドモンド作品の魅力とは。

『Malu 夢路』の撮影現場。エドモンド監督(中央)、右は妹役ランを演じたセオリン・セオ

生と死。過去と未来。空想と現実。これらの境界線は溶け合い、妄想なのか、真実なのかの判断は、観ている側に託されます。白昼夢のような独特の表現方法は、エドモンド監督が早稲田大学大学院時代に研究した「マジカル・リアリズム」の影響を受けています。


マジカル・リアリズムとは?


エドモンド 世界各地で語り継がれている伝説や神話。これらは迷信でしょうか。それとも実際にあったことなのでしょうか。言い換えれば、根拠があるか、ないか。伝統主義か、モダニズムか、と表現することもできます。この世には様々な対立概念がありますが、これらの相対する世界の境界は非常にあいまいだと感じています。

エドモンド また、私の母国であるマレーシア。この国もマジカル・リアリズムな一面を持っています。マレー系、中国系、インド系、イバン族、カダザン族など様々な民族が、それぞれ異なる宗教、風習、歴史的背景、死や死後の世界観などを持ちながら共存しているということ。もうひとつ、民族の違いに関わらず、マレーシア人の多くはスピリットやゴーストの存在を信じています。たとえば中国系の家には祖先をまつる祭壇があり、線香をたいて手を合わせます。死んで肉体が無くなっても、彼らは私たちと共に在るのです。


 前半と後半で物語の描き方がガラリと変わるのもエドモンド作品の特徴。たとえば『ムーンライト・シャドウ』の前半は恋人達のロマンチックな語りで構成され、後半はそれぞれが自己の内面に向き合っていきます。『Malu 夢路』では、日本に移り住んだ主人公ランは、前半のマレーシア時代とは別人のようでした。


エドモンド さまざまなレイヤーが重なり合っている人生は、誰にも予測がつかないものです。私の映画では、前半はあまり重要でなかった人物が、後半で物語の鍵をにぎったりします。それによって観客は、今までの視点や予想を変えざるをえなくなる。前半で見ていたものが、まったく違った意味を持ってくるのです。私自身がそのような展開の文学や映画に惹かれるので、それに影響を受けているのだと思います。

世界30カ国で翻訳されている『ムーンライト・シャドウ』。監督は約20年前に英語で読み、幻想的な世界観に魅了されたという。原作者の吉本ばななさん、主演の小松菜奈さん、宮沢氷魚さんとともに
Copyright 2021「ムーンライト・シャドウ」製作委員会

ひとつの作品に、北京語、英語、マレー語、広東語、福建語など、複数の言語が使われることが多いのは、監督の出身国であるマレーシアが多民族国家だから。


監督とマレーシアの関係は?


エドモンド 異なる文化的背景をもち、それぞれの言語を使う人々が同じ空間で生活をしているのは、マレーシアではごく当たり前のことです。話す相手によって言語を使い分けるマルチリンガルもたくさんいます。映画の登場人物が様々な言語を話すのは、私にとってこのマルチな言語環境が自然だから。そして、映画のなかにマレーシアを記録しておきたい、という気持ちもあります。


 エドモンド監督は幼少期をシンガポールで過ごし、その後オーストラリア、日本に留学して映画を学びました。この経験から、マレーシア人という感覚、自身のアイデンティティのとらえ方に変化が生まれたといいます。


エドモンド 早稲田大学で学んでいた20代のころ、私は中国系マレーシア人です、と誇りをもって自分を表現していました。ところが年齢を重ねるにつれ、私の故郷は一体どこなのだろう、と考えるようになりました。それは本当にマレーシアなのだろうか。シンガポール、オーストラリア、日本、と他の国で過ごしている時間がこんなに長いのに。多くのマレーシア人は、それぞれの“マレーシア人”としてのアイデンティティを模索しているように感じます。そのため私の作品の登場人物は、それぞれの人生を探し求めている人が多いのです。

エドモンド また、中国系マレーシア人という表現には、すでに何世代もマレーシアで暮らしているのに、いまだに移民として扱われているような思いを抱くようになりました。今、私のアイデンティティは何かと問われたら、変わりゆくもの、と答えたい。中国系マレーシア人であること。映画監督であり、作家であること。それらは、アイデンティティを構成する要素のひとつであり、液体のように絶えず揺れ動いています。この感覚は、私が作る映画に影響を与えているように思います。


 エドモンド作品は国際色豊かなチームで制作されています。なかでも欠かせない人物が、タイ人のカメラマン、コン・パフラック。『ムーンライト~』の美しい映像は、彼だからこそ撮れた、と監督は語ります。


エドモンド コンさんは早稲田大学のゼミの先輩で、映像作家、スチール撮影、ときに脚本の執筆も手がける素晴らしい才能の持ち主です。『ムーンライト~』『Malu』『ドリアン~』と多くの作品を彼に撮影してもらっているのは、私の頭のなかにあるイメージと彼の映像がぴったりマッチするから。コンさんは作家でもあるので、物語の内容から映像の見せ方を話し合うことができます。また、タイ人であるコンさんは、私とはまったく違う視点を持っています。同じシーン、同じ登場人物でも、彼には違って見える。この異なる視点が映画作りにはとても大事で、そこからインスパイアされるのがとても好きです。これからも様々な挑戦をし、自分とは違う感覚を持つ人と作品作りを楽しんでいきます。


 違うものからの影響を楽しみ、流れに沿って自身を変化させていくエドモンド・ヨウ。その生き方が、あらゆる境界線を消滅させ、美しいマジカル・リアリズムな世界を作り上げているのです。


Movies of Edmund Yeo
エドモンド映画、おすすめの4作品

『破裂するドリアンの記憶』
River Of Exploding Durian / 2015
高校生の淡い恋愛物語で始まり、環境問題や歴史への考察など、複数の人物の視点を織り交ぜて展開していく。題名のドリアンは、外と中のギャップがあるマレーシアという国のメタファー。ラストの衝撃が胸に突き刺さる作品。

『アケラット─ロヒンギャの祈り』
Aqerat (We, the Dead) / 2017
台湾行きの貯金を友人に持ち逃げされたフイリンは、ロヒンギャ移民に関わる闇のビジネスに足を踏み込んでしまう。シビアな内容に美しい映像が重なる幻想的な作品。第30回東京国際映画祭(2017)にて最優秀監督賞を受賞。

『Malu 夢路』
Malu / 2020
ホンとランの姉妹の物語。母親の死をきっかけに、ランは日本へ。そこから姉妹の性格や行動は逆転していく。日本とマレーシアの合同製作で、日本からは永瀬正敏、水原希子が出演、そして音楽は細野晴臣という豪華な制作陣で作り上げた。


この3作品はマレーシア在住の方であれば、動画配信サイトMUBIで視聴可。
https://mubi.com/specials/edmund-yeo

『ムーンライト・シャドウ』
Moonlight Shadow / 2021
主人公は大学生のさつき。突然の交通事故で恋人の等を失ったさつきは、100年に1度の奇跡といわれる“月影現象”に引き寄せられる。吉本ばななの大ファンというエドモンド監督が大事にしたのは、原作のもつスピリットを表現し、世界感を広げること。「吉本ばななさんの物語には時を超越する美しさがあり、普遍的な感情が描かれている。それを映像で表現したかった」と監督。とくにマジカル・リアリズムな麗の存在、ラストシーンの美しさは必見。2月10日よりNetflix Japanにて配信中。あわせて、インタビューや劇場版シナリオなどが掲載された公式パンフレット(下記)のオンライン販売もスタート。

エドモンド作品4つの特徴
4 Facts characterising Edmund's Works

・現実と空想の世界が交差するマジカル・リアリズム
・観客の予測を裏切る前半と後半のストーリー展開
・多民族国家マレーシアの日常を表した複数の言語環境
・流動的であり複数のアイデンティティをもつ登場人物

エドモンド・ヨウ
[Edmund Yeo]
映画監督。マレーシア出身。2008年、日本に渡り、早稲田大学大学院国際情報通信研究科(GITS)の安藤紘平ゼミで映画を学ぶ。09年、川端康成文学に影響を受けた作品『金魚』が第66回ベネチア国際映画祭の短編映画コンペティション部門に入選。その後、マレーシア新潮の一翼を担っていたプロデューサー、ウー・ミンジンとコンビを組み、多数の作品を制作。日本をはじめ数多くの国際映画祭で上映され、高く評価されている。


取材・文/古川音 Oto Furukawa
写真提供/Edmund Yeo, Alex Chan(表紙、プロフィール)、2021「ムーンライト・シャドウ」製作委員会(ムーンライト・シャドウ)

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