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『カンポンボーイ』にみるマレーシア文化

マレー半島中部ペラ州のカンポン(村)を舞台にラット少年の誕生から、10歳までの成長を描いた『カンポンボーイ』。マレーの文化、儀礼、人々の様子、村の情景が描かれたマレーシア漫画の代表作をご紹介します。

(1)髪の毛をそる儀式を終えて水浴び

 お話は、ラット少年が誕生し、多くの人々に祝福を受けるところから始まります。赤ちゃんは髪の毛を剃る儀式を終えて、水浴びをさせてもらい(絵1)、バティック布のハンモックに寝かされます。祝福にやってきた大人たちは、「マルハバン」という予言者ムハンマドをたたえる歌を歌い、子どもの誕生を歓迎します(絵2)。この儀式は現在でも行われており、私も昨年パハン州のカンポンで儀式に立ち会う機会に恵まれました。

(2)ラットさんの誕生を祝福。

 少し成長すると、土ぼこりを巻き上げながら家の周りを走り回ったり、素っ裸で川にザッブーン!と飛び込んでみたり。お父さんの自転車に乗せられて、カンポンの中心街に出てみれば、小さな売店では果物が売られ、軒先には新聞とバナナの房が吊り下げられていたり、食料雑貨店ではココナッツの実や、その実を削る道具などが売られています。喫茶店でコーヒーや紅茶で盛り上がる男たちは、きっとそうやって何時間も世間話を続けていたのでしょう(P43)。

 6歳になったラット少年は、イスラムの聖典「コーラン」の塾で厳しい先生に教えを受けることになります(絵3)。ラットさんのお父さんはコーランの詠唱が大変上手で、ラットさんが「少しでも間違えると、すぐに正しい発音に直された」といいます。

(3)コーランの学習をしながらウトウトしていると・・・パシッ!

 カンポンの結婚式の様子も興味深いものです。結婚の儀式(アカッド・ニカ)(P68)を終え、ブルサンディンというお披露目の儀式では、新郎新婦が並んで座り、親族、知人など多くの人の祝福を受けます(絵4)。家の外では、大勢の人たちがクンドゥリとよばれる宴会で食事と会話に花を咲かせています。バイオリン、アコーディオン、マレーの太鼓ルバナなどの生バンドにあわせて踊り子たちと男衆が踊りに興じます(P70-71)。賑やかな雰囲気から、マレー民謡のメロディーまで聞こえてきそうです。

(4)マレーの結婚式の様子

 ムスリムの男の子にとっては人生で特別な日「割礼式」の一日については、キンマの葉っぱとビンロウの実を噛んだり、大勢の村人たちに囲まれながらマレーの太鼓隊コンパンを先頭に村を行進して川へ向かう様子(絵5)、儀式が終わって、腰布を三角に吊られたまま横になっている様子(絵6)など、とても細かく11ページ(P95-106)にもわたって描かれています。

(5)マレーの太鼓「コンパン」
(6)割礼の儀式を終えたラット少年。 三角に吊るされた布が象徴的。

 10歳で州都イポーの学校に入るため、村を去るところでお話は終わります。カンポンで、いつも周りの人々に見守られて、多くのことを経験し、学び、子どもたちが大きくなっていく様子は、日本の田舎もきっと同じ。どこか懐かしい印象を受けるのは、そのカンポンの社会の様子なのかもしれません。私も久々にカンポンに行きたくなりました。

2016年2月東京にて

ラットさんについて(WAU人物図鑑)


『カンポンボーイ』(2014年発行)

著者:ラット
訳者:左右田直規(監訳)稗田奈津江(訳)共同出版:東京外国語大学出版会 マレーシア翻訳・書籍センター(ITBM)

『タウンボーイ』(2015年発行)

著者:ラット
訳者:左右田直規
共同出版:東京外国語大学出版会 マレーシア翻訳・書籍センター(ITBM)

都内では、中国・アジアの専門書店「内山書店」などにて販売中。全国の書店にてご注文いただけます。


日本語版監訳者、左右田直規先生より

 マレー文化へのあふれる愛。異なる文化に対するみずみずしい感受性。ラット作品は魅惑の多文化世界へ我々を誘います。
 『カンポンボーイ』からは、故郷のマレー人村落の生活世界に対するラットさんの思い入れの深さが伝わってくるでしょう。しかし、その思いは内向きの偏狭な自文化礼賛ではなく、いったん距離をおいてマレー文化の豊かさを見つめなおす、という俯瞰的な広い視野に支えられているように思えます。『タウンボーイ』には、少年と都市の多文化との接触が生き生きと描かれています。主人公は、華人少年フランキーら級友との民族を越えたつきあいを通じて、異なる民族の生活文化に触れ、欧米の影響を受けた大衆文化を受け入れながら、成長を重ねていくのです。
 マレーシアの豊穣な多文化世界とそこに生きる人びとを温かく見つめるラットさん。彼の優しいまなざしとぬくもりのあるユーモラスな筆致は、我々を惹きつけてやまないでしょう。

左右田直規
大学院総合国際学研究院/准教授。
日本語版『カンポンボーイ』監訳者、『タウンボーイ』訳者

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