ジェニファー・リンギ インタビュー
イラストを通して伝統かごを次世代に
Interview with Jennifer Linggi, Illustrator / Researcher
“Fascinated by Traditional Baskets in Sabah.”
サバ州の伝統的なかごは、ボルネオ島の豊かなジャングルに生息する籐や竹などの植物を素材に人々の手仕事で編まれ、狩猟、農作業など、日常生活の中で活用されてきました。その形やデザインは驚くほど多様で、用途によりサイズも形も大きく異なります。その魅力に惹かれ、サバ州全土の村々をたずね歩き、かごのスケッチをしながら作り手に聞き取り調査をしてきた、イラストレーター/リサーチャーのジェニファー・リンギさんが、かごにまつわる興味深いエピソードを語ってくれました。
20年間離れた故郷の伝統工芸品に惹かれて
サバ州出身のジェニファー・リンギさんは18歳でイギリスに渡り、8年間の学生生活の後、建築の仕事をし、さらに、サバ州が国境を接するブルネイにて12年間建築の仕事に従事します。
20年以上の時を経て、故郷であるサバに戻り、伝統工芸品に興味を持ちますが、クラフト関連の書籍などの資料がとても限られていることに気がつき、ジェニファーさん自身がサバ州全土の村々を訪ねながら記録のためにイラストを描き始めます。聞き取りをするうちに、かご作りの後継者がいないこと、情報がきちんと記録されていない状況などからリサーチの必要性を感じ、10年間かけて本格的な調査を行ったといいます。
日常生活に欠かせない、かご
- 伝統的なかごは、用途によってサイズも形も大きく異なりますね。
かごは、伝統的に物を運ぶために使用されてきました。主に稲作のためです。稲のタネを運ぶための小さなかごは、稲のタネ植えをする時に使われます。とても大きなかごは収穫に使われます。そのほか、日用品を運ぶためにも使用します。
ジャングルの中で狩猟のために動き回る男性は、小さめのかごを背負います。また、かつて村落間の抗争で首刈りが慣習となっていた民族では、刈った首を入れるために男性が使うかごもありました。一方、女性たちは、畑で収穫した野菜や果物、穀物を運ぶためにとても大きなバスケットを担ぎます。スケッチでは、かごの大きさがわかるように人々がかごを使っている様子も描きました。
稲作用の目盛つきかご
– 用途によって特徴的な機能を備えたかごの一例を教えてください。
1970年代頃まで盛んだった稲作は近年衰退し、失われたかごもあるといいます。こちらの大きなかごは現在使われていませんが、とても美しいかごでした。かごの胴体にあるいくつかの横線を最初に見たときは、ただの装飾だと思いました。でも、実は、このラインは、お米の分量を測るための目盛なのです。
1つのラインが、1ガンタン。『ガンタン』とは質量の単位で、1ガンタンは約3.6キロ、コンデンスミルク缶(500g)約14杯分です。とても賢い測り方だと思います。例えば、収穫期に私たちはお互いに助け合うとします。あなたが私の田んぼを手伝いにきた時、10ガンタン分のお米を家に持ち帰ったら、私があなたの田んぼに手伝いに行くときにも同じ分量のお米を持ち帰るのです。
素材の採取と加工、編み込む技術
– かごの素材には、竹やラタン(籐)など、その土地の天然素材が使われます。かご作りは、素材の採取から始まり、加工、彩色などの工程を経て、ようやく編み始めることができます。
調査の際、素材となる竹の採取に同行したことがあります。2、3時間かけて山を登り、頂上に近いところで竹を採取します。そして、2時間半かけて竹を抱えながら下山します。私は竹も籐も抱えず、ただ下山しただけですが、それでも疲れ果てました。このように素材採取は1日がかりです。
竹の採取は新月の夜に
竹の採取は新月の夜に行われます。月が出ている日は採取に向かないと言われるため、その科学的な根拠を探ってみると、満月の日は、竹の中のデンプン質の含有量が高まり、竹の中のデンプンを求めて虫がくるのだそうです。そのため、満月の日に竹を切ると、虫が竹の中に残ります。一方、新月の日に伐採した竹は乾燥していて、虫もつきにくく、長持ちするといわれています。
ジャングルで一日かけて竹を採取し、持ち帰った竹を薄く剥いて加工、彩色します。色付けには、空き缶を下からロウソクやアルコールランプの火で温め、数時間かけて中にできた「すす(soot)」を樹液と混ぜて色を作ります。それを指の腹を使って竹に塗り込んでいきます。私はいつも、なぜブラシを使わないのか不思議に思うのですが、この伝統的な手法で彩色すると、ずっと色落ちしないのだそうです。もちろん、今は市販のペンキ、カラーなども使われています。
籐の蔓はトゲだらけ
籐の蔓には、とてもシャープな棘がびっしりと生えています。籐を採取するときは、木の幹に蔓を擦り付けて引っ張り、棘を落とします。まずは、籐を採取するスキルが必要なのです。それから、採取した籐を泥水で煮ます。籐の加工は複雑ですが、もっとも強い素材の一つで、100年もちます。ですから、私はいつもブランドのバッグなんか買うのをやめるように言っています。どうせ長持ちしませんから(笑)。籐のバッグなら100年持ちます。
かごに編み込まれるモチーフ
– かごのモチーフには、いろんな形がありますが、何か意味が込められていますか?
モチーフにはバナナの花や果物など、植物をモチーフにしたシンプルなものから、海の魚や人間などがあります。手と足、頭があって人間に見えるモチーフは、見方を変えるとコウモリのようにも見えます。どこに焦点を当てて見るかによって見え方が変わり、とても洗練されたデザインなのです。
同じボルネオ島のサラワク州の伝統工芸品にはサイチョウ(hornbill)や龍のように象徴的な生き物がデザインに組み込まれることがありますが、サバ州には象徴的/神聖な動物(sacred animal)がいないように思います。いろんな人に尋ねましたが、動物をモチーフにしているかごは、ほとんど聞きません。あるとすればカニや魚、ヘビなど。でも、それも珍しく、蛇にも見える線は、川だと彼らは言います。サバでは、モチーフの題材として動物よりも植物が採用されているように思います。
また、特殊なモチーフを編み込んだかごを相手の母親に届け、結婚を破談にしたという話もあります。別の村の男性との結婚を勧められた女性が、この男性とどうしても結婚したくないけれど、両親に「嫌だ」と言うことができず、これまでに誰も見たことがないようなモチーフのかごを作り、相手の男性の母親のところに届けたそうです。それを受け取った母親は、そのかごの模様を見て、これは何かおかしいと気が付き、女性の家に様子を聞きに行き、どうしても彼女が結婚したくないのだと理解したのです。こうして彼女は、この結婚の話から抜け出したそうです。一体どのような模様だったのでしょうね。
かごではありませんが、何かのサインやメッセージ性をもったモチーフもあります。ジャングルに狩猟に出かけた際、イノシシや蛇などの野生動物に出会うと、木の幹に危険を知らせるモチーフを描いておくことで、そのあとにやってくる仲間に危険を知らせるのです。
モチーフを編み込む技術は説明がつかない
そして、モチーフを編み込む技術が最も驚くべき、素晴らしいスキルです。下絵があるわけでもなく、かごに絵柄を織り込んでいく技術は作り手自身にも説明のつかないものです。かごは必ず底から編み始めます。平面でモチーフを入れ込んでいき、端と端でピッタリと絵柄が繋がるようにするためには、特別なスキルが必要なのです。
ある時、通常の細身のかごよりも少しだけ幅広のかごを見つけて、作り手の女性に尋ねました。すると、女性は、「ごめんなさい!端がうまく合わなくて形が歪になってしまったの」と言うのです。私たちは平面(2D)でデザインすることには慣れています。例えば、クロスステッチをするとき、目を数えなくてはいけませんね。でも、かごを作る時は、頭の中で計算し、端と端、全体がぴったりと合わなくてはいけません。その上、モチーフも編み込みます。これは本当に天才的な技術です!
最後に: 次世代の継承者を育てる
– 日常生活に欠かせなかった伝統的なかごの多くがすでに失われたとのことですが、今後、かご作りの技術を継承していくためには何が必要だと考えますか?
現在、伝統的なかごを作ることができるのはたった数人ですが、サバ州内陸部の町、ケニンガウでは30代を中心とした若者たちがコミュニティーと共同で少しモダンなかごを作っています。伝統的な手法を使ってモダンなかごを作ることで、かごの復興につながるので、私はとても嬉しく思っています。この産業を継続していくためには、まず、かご作りの技術を学ぶ人を増やす必要があります。
私はこれまでに80個以上のかごを描きましたが、もうすでにいくつかの種類は消滅し、今後10年の間に、さらに8割から9割は失われてしまうことを懸念しています。リサーチでは、そのかごが人々にとってどのような意味をもつのか、どのように使われているのか。かご一つ一つの寸法や特徴、素材、また、かごに関する信仰などについて記録しました。もう作り手がいなくなってしまったかごを復刻したいと思った時に、私のスケッチや情報が参考になることを願っています。
また、かごを適正な価格で販売する起業家を増やすことが大切です。現在、かごは非常に安価で販売されていますが、かご職人は、短くても20年から40年、生涯をかけて身につけてきたスキルと実際に作る工程を考慮して、もっと高額の値段をつけるべきなのです。それだけの価値があるのだと作り手自身が理解して価格に反映させ、かごの販売を通してビジネスを展開させることで、この伝統工芸が活性化されることを期待しています。
書籍情報
■ Jennifer Linggi 著『The Kampung Legacy – A Journal of Sabah’s Traditional Baskets』(2017)
2017年、ジェニファーさんは10年間かけて描いたスケッチと収集した情報を一冊の本にまとめて出版しました。サバ州に暮らすエスニックグループごとに、その生活の様子、一つ一つ名前をもつ60種類以上のかごの用途、サイズ、かごの素材、加工、形状、デザインなど、スケッチや写真とともに詳細に記録した貴重な民族誌です。
位の高いシャーマンが使うかごの装飾には貝がたくさん使われるなど、かごには階級の差があるといい、見習いのシャーマンであれば、あまり貝は使わず、装飾も少し簡素なのだそう。儀式で祈りを捧げる時に実際に使われるかごは、精霊 (spirit)やエネルギーが宿ると考えられ、外部の人に譲渡することができないため、表紙のかごは、あるシャーマンがジェニファーさんのために新しく作成した特別なかごです。
Sabah Art Gallery、ILHAM Gallery (KL) 、Lit Booksなどで購入可。
展示情報
■ “BAKUL: Everyday Baskets from Sabah”
ジェニファー・リンギさんが所有するサバ州伝統のかごのコレクションを紹介する展示がクアラルンプールにて開催中です。
会場: The Godown, 11 Lorong Ampang, Off Jalan Bukit Nanas 50450, Kuala Lumpur
会期: 2023年2月23日(木)まで
詳細はこちら: https://www.thegodown.com.my/bakulexhibition