マレーシアを代表する映画監督、故ヤスミン・アフマド監督の遺作『タレンタイム〜優しい歌(原題:Talentime)』が8年の時を経て、日本の劇場での公開が始まりました。
これまでも、私たちHati Malaysiaが発行しているマレーシア文化通信《WAU》や、2015年に開催された《マレーシア映画ウィーク》(混成アジア映画研究会 /ODD PICTURES/ 国際交流基金アジアセンター共催 )などを通してヤスミン映画の魅力をお伝えしてきましたが、とうとう日本各地の劇場での公開が決まり、嬉しい気持ちでいっぱいです。日本ではマレーシアの映画を見る機会が限られているので、とても貴重な上映です!
2009年に急逝したヤスミン監督は、多くのCM制作に携わっていましたが、自身の両親をモデルに描いた『ラブン(Rabun)』(2003年)で監督デビューし、その後“オーキッド3部作”とも呼ばれる『細い目(Sepet)』(2004)、『グブラ(Gubra)』(2006)、『ムクシン(Mukhsin)』(2007)、そして『ムアラフ改心 (Muallaf)』(2008)、遺作となった『タレンタイム』(2009)と6本の映画を手がけました。
ヤスミン作品に描かれているのは、マレーシア社会そのもの。とにかく、とてもリアルなマレーシアです。そこには、あまりにリアルでマレーシア国内でもこれまで描かれてこなかったような多民族社会の様々な事情や宗教的な側面、家族模様などが映し出されています。それでも、人間を深く愛したヤスミン監督の愛が伝わってくる彼女の作品は、日本のファンをも魅了してきました。
『タレンタイム』は、ある高校を舞台にマレー系、中華系、インド系の学生の学校生活、恋愛、家族模様を描いています。家も生活様式も言語も宗教も、食べている物も、境遇も全く違う彼らを通して紡がれる物語。幾層にも重なるそれぞれの事情、胸が締め付けられるような現実、それでも胸に迫ってくるのは、揺るぎない愛。こんな描き方はやっぱりヤスミン監督にしかできなかったでしょう。そして、ピート・テオ(Pete Teo)氏が手がけた音楽がこの映画全体を包み込み、記憶に残るものとなっているのも、この映画の魅力です。
日本のファンの深い愛
今回、日本公開に合わせて『タレンタイム』の劇中で先生役を演じているアディバ・ノール(Adibah Noor)さんが緊急来日し、日本の観客のためにスペシャルトークやQ&Aセッションが設けられました。トークの合間を縫って、アディバさんが取材に応じてくれました。
日本のお客さんと出会って、まずアディバさんを大いに驚かせたのは、ヤスミン監督に対する日本のファンの深い愛と、映画のディテールまで見て思いを巡らせていることだったと言います。
「今回、日本のお客さんと一緒にこの作品を観て、あちこちですすり泣きする日本のお客さんの様子に驚きました。彼らは登場人物の動きを見て、字幕を読みながら映画を理解するのでしょうけど、ヤスミンが伝えたかった「愛」が皆さんに感じられたのだと実感することができました。彼女のメッセージはとても普遍的なものだったのです。それは観客みんなに伝わるものだったのですね。ヤスミンは本当に多くの人々の心に触れることができているのです。ヤスミンに実際会ったこともない日本のお客さんたちが、こんなに深くヤスミンを愛していることをちょっと羨ましく思います。日本のお客さんは本当に素晴らしいですね。」
また、日本のお客さんに触れたことで、アディバさんは、「私はヤスミンを監督としても、クリエイティブな人間としても尊敬しているし、距離を置いていたわけではないけれど、一緒に時間を過ごして、お茶をしながらゆっくり会話を楽しむようなことはほとんどしなかった。日本のお客さんが感じているほど深く彼女のことを理解することはありませんでした。もっと監督の近くでたくさん話しをすればよかった。もう遅いけれど。とにかく、日本では素晴らしい反響に驚きました。」とヤスミン監督への想いを語ってくれました。
アディバさんは、この作品の中では自身の名前そのまま「アディバ先生」として登場しています。この役の成り立ちについても教えてくれました。もともと歌手として活躍しているアディバさんは、かつて学校教師として仕事をしていたこともあります。大学を卒業したてで、やる気に満ちていた彼女が配属されたのは、非行問題などで知られる学校で、問題も多かったそうです。「でも、私はそんな生徒たちと仕事をすることを楽しんでいました。私自身、10代の頃は問題児だったと思いますから(笑)。彼らの境遇が理解できたんです。他の先生たちは、いつも叱りつけて、体罰をして、いつも生徒たちが悪いと言っていましたが、彼らは生徒達がどんな家庭で育ってきたか理解しようとしていなかったんです。貧しい家の子もいれば、親と一緒に暮らせていない子もいる。問題を抱えた親に育てられている子もいました。私は、ただ生徒たちを厳しく躾ける、いかにも先生らしい先生ではなく、生徒たちの友人のようになったのです。生徒たちは私の弟や妹たち、私は彼らの姉的な存在でした。もちろん教えるときは、しっかりと教えましたよ。そんな話をヤスミンにしたら、彼女は私の目を見て、『いいわね。それでいきましょう』って。それが役者の中にキャラクターを見つけるヤスミンのやり方でした。」
小さな脇役でも印象に残るような演出をしていたヤスミン監督。それぞれの役者のキャラクターを活かした役作りが、よりリアルな映像を生み出したのでしょう。自らを「Storyteller」と称し、私たちに様々なストーリーを遺してくれたヤスミン監督の遺作『タレンタイム〜優しい歌』は、これから日本全国で公開予定です。ぜひ劇場に足を運んでみてください。
取材・文:上原亜季(Hati Malaysia / ムティアラ・アーツ・プロダクション)
取材協力:ムヴィオラ
映画について、劇場情報など、詳細は公式サイトをご覧ください。
『タレンタイム~優しい歌』
監督・脚本:ヤスミン・アフマド 撮影:キョン・ロウ 音楽:ピート・テオ
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショールほか
原題:Talentime/2009/カラー/115 分/マレー語・タミル語・英語・広東語・北京語
配給:ムヴィオラ
公式サイト: http://moviola.jp/talentime
3月25日(土)よりシアター・イメージフォーラム、4月8日(土)名古屋センチュリーシネマ、4月15日(土)シネマート心斎橋ほか全国順次公開