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コウケンテツさん「ナシレマッは宇宙のような 完璧なバランス」

コウケンテツさんがマレーシアの食文化を語る

世界各地を旅する食の紀行番組で、10年以上レポーターを務める料理研究家のコウケンテツさん。2014年に放送されたマレーシア編では、マレー半島の北からボルネオ島まで旅をし、マレーシア人の家で料理をしたり、屋台でご飯を食べるなど、食を通してマレーシアを体験。多民族・多宗教国家のマレーシアが育んだ独特な食文化は、コウケンテツさんの目にどう映ったのでしょう。

市場の豚肉売り場から見た多民族がともに生きること

 コウケンテツさんが「いちばん衝撃を受けた」と語ってくれたのは、マレーシアの市場での体験。違う宗教の人たちがともに暮らす国ならではの光景に驚いたそうです。

 「ひと目につかないように壁で囲まれた豚肉売り場を見たとき、ハッとさせられました。というのも、マレーシア人の約7割はイスラム教徒で、宗教上の理由から豚肉を食べません。しかし、それ以外のマレーシア人、とくに中国系にとって豚肉は、食事に欠かせないもの。たとえ少数であっても、その民族にとって大事な食材をちゃんと売っている、ということに驚きました。それと同時に、豚肉をタブーとするイスラム教徒の人が不快な思いをしないように、壁で囲むという方法も良いな、と。これは、お互いに違う宗教に対する思いやりがある、ということなんです。こういう配慮がナチュラルな形で実現できている国は、世界でもめずらしいと思います」

「この香り! マレーシアを思い出します。おいしいな~」と言いながら、あっという間にナシレマッを完食したコウケンテツさん

 また、中国系のお母さんの言葉が心に残っている、とコウケンテツさん。「彼女自身はハラル(※1)でなくてもいいのですが、料理にハラル食材を使うんです。理由を聞くと、ハラルでないとマレー系のお友達が遊びに来れないから、とのこと。食の習慣やルールが違っていても、ちょっとした気遣いがあれば、食による文化交流はスムーズにできるんです。そのことをマレーシアで実感しました」

ナシカンダーで皿に盛った料理。シーフードカレーの上に、チキンカレーのソースだけかけたバージョン(photo by 聖子さん)
ナシレマッの持ち帰りバージョン。ご飯とおかずを一緒に包むので、開けたときにはいい具合に混ざっている
現地のスーパーでは、豚肉は「ノン・ハラル」コーナーで販売され、一般のレジとは別に会計ができる

皿に盛られた料理を混ぜるそれもダイナックに混ぜる

 次にマレーシア料理の特徴をたずねると「混ぜる食文化ですね」とずばり。ご飯、おかず、麺、スープを別々に食べるのではなく、皿の上でそれらを混ぜて食べる。和食でいうなら丼飯に近い。この食べ方は、インドやアジア各国に共通していますが「はげしさとダイナミックさでいえば、マレーシアがダントツ1位」とコウケンテツさん。代表的な“混ぜる”料理といえば、マレーシア人のソウルフードでもある「ナシレマッ(※2)で、コウケンテツさんは、この旅でナシレマッにハマったのだそう。

「僕はもともともココナッツが大好きで、とくにアジアでいただく新鮮なココナッツミルクの料理には目がないんです。ペナンの屋台で食べたナシレマッは最高でした! ココナッツミルクで炊いた甘い香りのするご飯に、サンバル(※3)の辛みを合わせるという見事な重ね技。ナシレマッの基本のおかずは、ピーナッツ、煮干し、きゅうり、ゆで卵、サンバルですが、この組み合わせには、なにひとつ欠けてはいけない宇宙のような完璧なバランスを感じました。サンバルの辛さを卵でやわらげ、きゅうりで口の中をさっぱりさせる。それぞれはまったく違う味なのに、一緒に食べることでおいしさが増すことにも驚きました。また、ナシカンダー(※4)も印象に残っています。ご飯とおかずにカレーをかけて食べる料理で、カレーを1種ではなく、フィッシュカレーにチキンカレーを加えるなど、複数かけるのが特徴。違う味のカレーを重ねれば重ねるほどおいしくなるんです。重ね技の極致と言ったらいいのかな、違う個性の人がひとつのファミリーになるような、そんな料理で、とてもおいしかったです」 

 マレーシア人は、料理を混ぜながら、自分の味を追及します。ときには唐辛子を多く混ぜて辛さを増したり、スープを豪快にご飯にかけて雑炊風にしたり。そうやって皿の上に自分の味を作り上げるのが、マレーシア人の食事の流儀なのです。

渋谷のマレーシア料理店「マレーアジアンクイジーン」で提供しているナシレマッ。特別にお弁当にしてもらった

人と人は違う。それが前提だから自然に他人を気遣うことができる

 さて、先に述べたように、マレーシアは複数の民族がともに暮らす国です。そのため、それぞれのルーツからうまれた様々な料理があります。

 「民族が多い分、特色のある料理がバラエティ豊かに存在しています。それが、いい意味でゴチャ混ぜなところが僕は好きです。ゴチャ混ぜというのは、無理に融合しない、ということ。お互いにリスペクトしながらも干渉しすぎない。壁で囲んだ豚肉売り場のように、他への気遣いを当たり前と考え、それと同時に、他は他であるという風通しのよさがあります。僕は年間で50〜60本ぐらい講演をしていますが、よくマレーシアの話をするんです。各民族の代表的な料理を紹介し、こんなに異なる料理がひとつの国のなかにあり、それらがダイナミックに融合しあっている。それがとても心地よいんです、と伝えるんです」

 マレーシアの町を見渡せば、様々な民族が生きているのは一目瞭然。服装が違い、好む料理が違い、話す言葉が違う。その人たちが同じテーブルを囲んでいます。

 最後にコウケンテツさんは笑顔でこう語ってくれました。「マレーシアは様々な人が生きる世界を体験できる国だと思います。僕の子どもが大きくなったら、マレーシアに連れていきたい。マレーシアの景色や人と人とのつながりを見せたいです」

  • ※1 イスラム法で許されているもの、という意味
  • ※2 ココナッツミルクで炊いたご飯をサンバルとおかずで食べる料理
  • ※3 唐辛子をベースに、玉ねぎやにんにくを合わせて作る辛味調味料
  • ※4 インド系の店で提供されている一皿に複数の料理を盛る〝のっけご飯〟の総称

コウケンテツさん

料理研究家、大阪府出身。テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。“母の味”と人との出会いを求めて旅をする食の紀行番組では、アジアだけで20ヵ国以上を巡り、誰に対しても心をオープンにして接する温かい人柄で、現地の人の素の表情を見事にひき出している。


『ナシレマッ!』(古川音 著)

書籍『ナシレマッ!』(1400円 / Malaysia Gohan Kai)には、コウケンテツさんのナシレマッ・インタビューとレシピが掲載されている。日本のスーパーで簡単に手に入る食材で、現地の味を再現したプロの技はさすが! 紀伊國屋書店(新宿、KL)やAmazonにて販売中。

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