Interview with Rosnan Rahman, the Pak Yong Malaysia
伝統舞踊劇マヨンに魅了され、20年以上にわたり主人公パヨン(王様)に必要な歌、踊りを学び続け、現在10人ほどしかいないパヨン役の貴重な後継者の一人として国内外で活躍する舞踊家、ロスナン・ラーマン氏にこの芸能の魅力などを聞きました。
伝統舞踊劇マヨンの魅力
伝統芸能に関わるようになったきっかけを教えてください。
私の祖父母は、タイ南部パタニの出身でマヨンの演者でしたが、家族の誰もこの芸能を受け継ぎませんでした。私は2人が亡くなってからマヨンに興味を持ったので、残念ながら彼らからは学ぶことができませんでした。素晴らしい演者であったと父から聞き、憧れがありました。小学生の頃はよく学校代表として伝統舞踊や歌のコンテストに参加していました。これが私にとって伝統芸能との最初の関わりです。中等学校を卒業後は、ケダ州の舞踊団で踊っていました。
マヨンを学び始めたのはいつですか?
1995年から5年間、大学で建築学を専攻しながら、課外授業でマヨンを学びました。最初は、マヨンの音楽の第一人者として活躍する
チェマット・ジュソー先生に歌を、クランタン伝統芸能の専門家、ジュミラ・タヒル先生に舞踊を、そして演劇学科のモハマド・ガウス・ナスルディン先生に演技を学びました。2001年、国立劇場イスタナ・ブダヤの文化担当として仕事を始め、マヨンのグループ「Makyung Seri Nilam Istana Budaya」の管理を任されました。伝説的なマヨンの実践者であるファティマ・アブドゥラ氏を指導者に招き、マヨンを総合的に学びました。クランタン州のルハニ・モハマド・ジン氏からも指導を受けました。
マヨンの魅力を教えてください。
マヨンという芸能はとても独特です。物語が面白く、ドラマチックな演技がたくさんあります。例えば、踊りの手の動きは動植物からのインスピレーションや人間や自然界に起きる事象を表す象徴的な意味があります。マヨンの歌は、テンポの揺れやメロディの動きが難しく、高音で声をコントロールする高度な技術が必要で難しいですが、魅力を感じています。
パヨンの役について教えてください。
パヨンは主人公であり、最高位です。通常は女性によって演じられるので、私のように男性が演じることは珍しいです。それは、この役柄には美しさや優美に踊れること、伴奏の弦楽器ルバブにあわせて高い声で歌えることなど、様々な女性的要素が求められるからでしょう。
パヨン役が2人いる場合は、パヨン・トゥア(王様)とパヨン・ムダ(王子)に分かれます。パヨン・ムダ(王子)が主人公、ヒーローとなる物語もありますし、パヨン・トゥア(王様)が、ある国の統治者として主人公を演じ、パヨン・ムダはその後継者という役どころで演じることもあります。この役を演じることができる役者は、伝統芸能において高いレベルに達していると認められます。
マヨンの将来についてどのように感じていますか?
マヨンの継承者について心配しています。現在、マヨンを真剣に学び、積極的に上演に参加している若者は非常に限られています。国立芸術文化遺産大学(ASWARA)などの教育機関が中心となってこの芸能をしっかりと継承していける学生を育てる方法を検討する必要があると考えています。
将来的には、マヨンの歴史や資料の展示、マヨンの舞踊や伝統音楽を習えるクラス、マヨンの定期公演をできるギャラリーを設立したいです。日本を含め外国からのお客さんにも訪れてもらえるような場にできると嬉しいです。
ロスナン・ラーマン
Rosnan Rahman
1972年ケダ州生まれ。ペナン島のマレーシア科学大学(USM)の建築学科在籍中にマヨンを学び始める。現在は、国立劇場イスタナ・ブダヤに文化担当として勤務。国を代表するパヨン(Pak Yong Malaysia)として伝統舞踊劇マヨンの普及にも努める。
マヨンの音楽と弦楽器ルバブ(Rebab)
マヨン上演にとって、場面や登場人物の感情を表す音楽や歌は重要な要素です。おもな楽器は、擦弦楽器「ルバブ」、両面太鼓「グンダン」、ゴング(銅鑼)。曲によっては、リード管楽器「スルナイ」や両面太鼓「ゲドゥ」なども使われます。メロディを奏でるルバブは、音楽や歌を主導する大切な役割を担っています。
ルバブは、女性の身体の象徴として表現され、楽器のパーツは上から頭、耳、首、胴、乳房、髪、足と呼ばれます。奏者は床に座り、全長100〜120cmのルバブを直立に構えて演奏します。またルバブは霊的、超自然的な力を宿すとも考えられ、マヨン上演の初めには役者たちがルバブに向かって歌い、踊り、敬意を表する重要なシーン「Menghadap Rebab」を演じます。
Mak Yong, the Traditional Dance Theatre of Malaysia
舞踊劇マヨンは、物語、芝居、舞踊、歌、音楽などから成るマレーの伝統芸能です。主役のパヨンと女性たちが歌う声は幾重にも重なり、特有の発声法が美しい響きを生み出し印象的です。2005年には、マレーシアで最初のユネスコ無形文化遺産として登録されました。
マヨンは、タイ南部にかつて存在した「パタニ王国」で発祥し、クランタン州、トレンガヌ州、ケダ州などに広がったと考えられています。主にマレー半島東北部で発展したため、クランタン州の方言が芝居や歌詞に使用されるのも特徴です。
もともと村の民衆芸能として芝居小屋で演じられたマヨンは、背景画や大きな舞台装置を使用せず、役者の衣装も派手なものではありませんでした。時を経て、クアラルンプールなど都会の劇場や大学で上演されるようになると、衣装は煌びやかになり、舞台芸術として発展しました。独特の音楽も素晴らしく、マヨンの世界へと誘います。
【物語 Story】
王宮にまつわるエピソードや姫と神々の恋の物語、王子の旅、冒険の物語など、どの物語も王族が主人公です。全15話の物語が伝承されていて、最初の物語「Dewa Muda」は、主人公デワムダの魂が天に昇り、天界の姫と出会うロマンスの物語です。地上と天界をつなぐ凧(Wau)が使われたり、死と再生がテーマとなるなど、伝説や文化と結びついているのもマヨンの特徴です。インドの仏教説話に由来する物語もあります。
【登場人物 Characters】
とある国の王様であるパヨンが主役。若いパヨン・ムダは、王子です。劇名であるマヨンとは王妃のことで、物語によってはマヨンが主役となることも。プトゥリ・マヨンは、お姫様でヒロイン。王妃や姫に仕える若い侍女たちは、ダヤン、またはイナンと呼ばれ、歌や踊りのシーンにも登場します。侍従である道化プランも大事な役です。王様が国の行く末を相談する占術師トッワッ、また精霊や悪魔など人間界以外のキャラクターも登場します。
【道化コメディ Peran】
道化プランが、主人であるパヨン(王様)に籐を束ねたムチ棒でお尻を叩かれながらやり取りするシーンはマヨンのお決まりです。観客は大笑い。面白いシーンですが、プランは、ただコメディを演じる脇役ではなく、実は物語を実質的に進める欠かせない存在です。パヨンの身の回りの世話をしながら君主を守り、ときに助言をします。役者には、身体的動きの面白さ、即座に踊れて歌える能力などが求められます。
【衣装 Costumes】
パヨンは、キラキラ輝くビーズやジャスミンの花飾りで装飾された帽子を被っています。ビーズで作られた装身具を身につけ、金糸を織り込んだ腰衣「サンピン」を巻き、短剣クリスをさしています。道化プランは、イスラムの帽子「ソンコ」をかぶり、白シャツにベスト、バティックサロンを腰に巻いています。侍女たちは、マレーの伝統衣装クバヤ姿。村人や精霊、悪魔などもそれぞれ違った衣装やメイクを施します。
表紙写真/©Hazize San (Istana Budaya)
参考文献/『Makyung: the mystical heritage of Malaysia』