一人で何役も演じ分ける「語り」の芸能は、世界中にあります。似た話も地域で顛末が違ったり、楽器の伴奏が入ったり、仮面を使ったり、様々な形で伝承されています。マレーシアにもいくつかの「話芸」があります。村から村へと語り歩いた語り部、夜な夜な語られる物語に子供も大人も想像力を膨らませたのでしょう。マレー半島の代表的な話芸は、アワン・バテル(Awang Batil)やタリッ・セランピッ(Tarik Selampit)。サバ州、サラワク州には、動物と人間の世界を通して、その土地の自然と向き合う方法を伝えるような物語が残っています。今回は、マレー半島の北部ペルリス州のアワン・バテルをご紹介します。
テンテコ・テンテコ歌い、語るは「アワン」の話
『生活苦から首を吊って自害を図るアワン。謎の老人に声をかけられ、謎のおまじないを授かる。それは、病床にある人の横に座り、「Sirih Pinang(ビンロウジと石灰を包んだキンマの葉)」を噛みながら病人の様子を見るというもの。足下に謎の老人の影が見えれば、その病人は快復するが、枕元に老人の影を見れば、その病人は死にゆく、という・・・。』
これは、日本の落語「死神」の話によく似たアワン・バテルの物語の冒頭部分。この先、物語は少し違った方向へ。王宮までその噂が届き、最後はアワンが王様になるという出世物語。
アワン・バテルは、ペルリス州に伝わる語りの芸能です。語り部は胡座をかいて床に座り、真鍮の鍋のようなボール「バテル」をひっくり返し小脇に抱え、テンテコ叩きながら語ります。リズムにのって歌うように語る場面と登場人物の台詞、楽器の演奏で場面が鮮やかに変化していきます。楽器をマレーの太鼓「ルバナ」やバイオリン、リード楽器「スルナイ」に持ち替え、仮面を付け替えながら物語は進みます。
そこに広がるのはマレーシアのある村と王宮のお話。代表的な主人公「アワン」は、日本の「太郎」と同じような馴染みの深い名前です。村人たちの生活に近い物語に、精霊など、ちょっと精神世界の不思議な登場人物や巨人が現れます。『金のうんちをするヤギ』という子供が大笑いするような話もあるのです。かつては、何夜にも分けて一つの物語を語ったそうです。
三〇〇年前から伝えられてきた仮面と、真鍮のボール(バテル)を使って語るのは、現在、唯一の語り部であるロムリー・マハムード氏。語りの様子は、言葉が分からなくても音楽を聴いているようでとても楽しいものです。
マレーシアの《語り部》二大巨匠がやってきた
2015年7月24日から4日間にわたりアワン・バテルの語り部ロムリー・マハムード氏と、クランタン州に伝わる弾き語りの口承伝統「タリッ・セランピッ」の演者であり、マレー伝統芸能の重鎮であるチェマット・ジュソー氏の来日プログラムを開催しました。
カンポンの夜・紡がれる物語
子供たちを対象としたワークショップのほか、Hati Malaysiaのマレーシア文化講座では、二つの話芸の上演スタイルや楽器の紹介と実演をお届けしました。公開公演では、日本から、語り芸「講談」の講釈師・神田京子氏、口琴ラボから徳久ウィリアム氏と助川太郎氏をゲストに迎えました。
公演では、日本の落語「死神」に似たアワン・バテルの物語「アワン・アカール・ララッ」を神田京子さんが、日本語版オリジナル「アワン太郎出世物語」として講談で語ってくださいました。マレーシアと日本の「話芸」を一度にご紹介する貴重な機会となりました。
なお、本プログラムは、マレーシアを代表する国営石油会社ペトロナスの芸能文化支援事業の一環として、担当者ザハリ・ハムザ (Zahari Hamzah)氏とムティアラ・アーツプロダクションの協力のもと開催が実現しました。
主催 : ムティアラ・アーツ・プロダクション
助成 : PETRONAS / NUSA CENTRE
協力 : Hati Malaysia / ODD PICTURES / すみだ川アートプロジェクト / パコモ
公演写真 : Tomomi Kitami