[この記事はWAU No.9(2016年9月号)から転載しています。]
黒と白の世界に込められたメッセージ。キナバル山の麓から
木版画アートコレクティブ
パンロック・スラップ(Pangrok Sulap)
ボルネオ島の雄大なキナバル山の麓で暮らす先住民の美術集団「パンクロック・スゥラップ」。木版画作品を通して様々なメッセージを発信しています。彼らが守りたい村の伝統文化、熱帯雨林という生活環境。ユーモアも込められた作品の力強さに驚きます。
活動を紹介してくれたのは、グループの中心人物リゾ・レオン(Rizo Leong)氏。彼らの版画作品の強烈なインパクトに私は釘付けになり、一つ一つの作品とじーっと向き合いました。
中でも一際目を引いたのが、約1.2m×2.4mの大型の二作品。一枚目は熱帯雨林で「最後の苗木」を愛でる様々な動物たち(写真⑥)。二枚目は人間によって伐採されたジャングルにいる一人の人間に葉っぱを掲げ動物たちが守ろうとしている「人間に対する動物の愛」という作品(写真⑦)。まずその動物たちの細やかな描写に驚き、そして人間が森林伐採を続けるジャングルから世界に向けて発信される強いメッセージに立ちすくみました。
グループの設立
パンクロック音楽イベントで出会った仲間たちが、2010年頃から地域でボランティア活動をスタートしたのが、活動の始まり。リゾをはじめ中心人物8人はサバ州内陸の町、ラナウに在住。コタキナバルやサンダカンにも仲間がいて総勢20名ほどです。タトゥーアーティスト、ポートレート作家、メイクアップアーティスト、大工、ビーズ細工作家など、様々なバックグラウンドを持つ彼らの中でアートの勉強をしたのは一人だけで、リゾ自身、エンジニアから転向したアーティストです。「小さな村の村人たちの声はなかなか世界に届かない。でも、アートを通してビジュアルに訴えることでメッセージを広げたい」という彼らの熱い思いが伝わり、今、マレーシア国内で彼らの作品は注目を集めています。
木版画というツール
木版画はサバ州の伝統文化ではありませんが、最近東南アジアのアート活動家たちの表現の手段として、木版画を使う動きがあるようです。パンクロック・スゥラップは、インドネシアで活動をしているパンク音楽グループ「タリン・パディ(Taring Padi)」などから影響を受け、彼らから版画の技術を学びつつ、独自のスタイルを築いてきたといいます。
創造力豊かな若者たちを育てたい
学校、孤児院、少年院、大学などでワークショップも開催。次世代を担う若者たちの心を開き、インスピレーションを与え、アクティブで創造力豊かな若者を育てることが大切だと考え、教育の一環としてTシャツや、版画の作成を一緒に手掛けています(写真⑧)。
プナンパン地方のダム建設反対の村人たちと版画でバナーを作って、村人の声を外の世界に伝える運動にも参加。版画を通して、村人たちの活動を活性化させようとしています。
ワークショップでは、みんなで足踏みしながら版画を刷ります。傍らでメンバーが音楽を演奏し、みんなで楽しみながら作業をします。そこで歌うオリジナルの歌の歌詞も社会の様々な問題をテーマにしているそうです。「音楽を演奏することでみんなを一つにまとめる。上も下もない」というリゾも、音楽が大好き、ギターを弾いたり、歌ったり、やっぱりロックな人なのです。
パンクロック・スゥラップは木版画というツールを使っていますが、メッセージを伝えることが大事なのであって、そのツールに縛られ過ぎないことも大事だといいます。また、「お金よりも知識が大事。知識は無償で若者に与える」という理念で、彼らの活動資金源はTシャツや手作り本の販売から得られる限られた収入です。「贅沢をせず、足るを知る」と言われて、私も日常を振り返りました。
※2016年2月、成蹊大学アジア太平洋研究センターにて開催されたパンクロック・スゥラップの木版画展示会のため来日したリゾ・レオン氏にインタビューしました。
取材・文・写真(人物・作品) Aki Uehara(Mutiara Arts Production)
写 真 提 供 Pangrok Sulap