映画FILM

ジェス・チョン:等身大で描く愛の誤解と和解

[この記事はWAU No.10(2016年12月号)の巻頭記事から転載しています。]

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マレーシアで女優、歌手として活躍し、ここ数年は映画プロデューサーとして活動しているジェス・チョン(Jess Teong)さんの初監督作品「わたし、ニューヨーク育ち」が、2016年の大阪アジアン映画祭で上映されました。メイン写真には、カンフーのポーズを決めたおじいさんと女の子。なんと、このおじいさんは、香港映画「男たちの挽歌」シリーズで有名なティ・ロンさんです。女の子は、この映画で注目を集めたサラ・タンちゃん。こんなでこぼこコンビの二人の物語が人々の心を動かしました。

この人しかいない。大物俳優へのオファー

この映画は、かのティ・ロンが、孫娘に翻弄されるおじいちゃん役で見事な新境地を開いていること、そして何より子役たちの可愛らしさ、憎たらしさが魅力の映画です。ジェス監督がこの脚本を書くきっかけになったのは、仕事で4年ほど滞在したアジア、中東などの国々から、故郷マレーシアへ戻ったときに感じた違和感でした。いつでもどこでもスマートフォンに釘付けになり、子供をベビーチェアに座らせたまま携帯電話で喋り続ける姿には、憤りさえ感じたと言います。そして、心のふれあいを考え直すきっかけとなる作品を描こう決めました。そんな時、映画祭でティ・ロンさんを見かけ、この作品の核になる頑固で孤独な老人役には彼しかいないと直感しました。彼女の熱意に、ティ・ロンさんは、このオファーを快諾したのです。

妥協しなかった子役選び

主人公のサラを演じたのは、新人のサラ・タンちゃん。ジェス監督は、彼女に出会うまで18ヶ月間、この無愛想で小憎らしく、それでいてキュートな役を演じることができる女の子を探し続けていました。おじいちゃんに心を開かない生意気なサラ、近所の悪ガキ、アー・ボウを冷たくあしらうサラ。小憎らしい魅力に溢れ、きっと彼女でなければ、ただの嫌な女の子に見えたことでしょう。見終わった後、サラ、おじいちゃん、サラのママ、近所の仲間達、すべてのキャラクターが愛おしくてたまらず、涙がとまりませんでした。そしてエンディングで流れた曲は「涙そうそう」。それはもう、ジェス監督にあっぱれという気持ちでいっぱいでした。

あちこちで起こった「涙そうそう」

この映画は心の壁を涙で溶かしてくれる映画のようです。マレーシアでこの映画が上映された時、10年も家族と会話のなかった父親が、ティ・ロンが出演しているならと、家族と映画館へ行くことに同意しました。見終わった後、彼はなんと家族を食事に誘ったそうです。ジェス監督の飾らない人柄と、美しい心から溢れ出したこの作品は、見る人の気持ちを癒してくれるのでしょう。是非、日本でも再び上映されることを期待したいと思います。


ジェス・チョン

Jess Teong
プロデューサー・監督・脚本家

 

「わたし、ニューヨーク育ち」

英題: “The Kid from Big Apple” 《我来自紐約》
2015年/マレーシア/120分
監督:ジェス・チョン(張爵西)
出演: ティ・ロン(狄龍)、サラ・タン (陳沁霖)、 ジェイソン・タン(陳智深)、ジェシカ・シュン(宣萱)

マカオ国際映画祭2015 最優秀脚本賞/最優秀主演男優賞/最優秀助演女優賞/最優秀新人賞

マレーシア映画祭2015 審査員特別賞/最優秀撮影賞/最優秀編集賞ほか

【あらすじ】 ニューヨークで暮らすソフィア(ジェシカ・シュン)は、仕事の都合で、娘のサラ(サラ・タン)をマレーシアの実家へ預けに来るが、父(ティ・ロン)とはどこかギクシャクした様子。サラを送り届けると、会話もそこそこに帰ってしまう。おじいちゃんの努力をよそに、不機嫌を貫く孫娘。英語を話すサラと中国語しかわからないおじいちゃんの間には隙間風が吹いている。おじいちゃんは、片言の英語ができる近所の少年、アー・ボウ(ジェイソン・タン)のいい加減な通訳を頼りに、孫娘との距離を縮めようと努力するが…。


取材・文 Rie Takatsuka(ODD PICTURES
写真提供 Three Production(三人行電影工作室
協力:大阪アジアン映画祭

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