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マレー・オペラ「バンサワン」演技、音楽、舞踊が融合した舞台芸術

19世紀から20世紀にかけて発展した「Bangsawan バンサワン」は、演劇、音楽、舞踊が融合した豪華な舞台芸術です。マレーシアの豊かな文化と歴史を反映し、現代的な要素を取り入れながら今も演じられています。2024年9月、ペナン島のマレーシア科学大学(USM)で上演されたバンサワンの舞台を観劇してきました。物語や音楽、舞台装置など、バンサワンの特徴と見どころを紹介します。


栄華と衰退、150年の歴史

イギリス領マラヤの時代、1870年代にペナン島で初めてバンサワンの作品が上演されたと言われています。約150年の歴史をもつ、比較的新しい芸能と言えますが、実はマレーシアの音楽やダンスの発展に大きく関わる大事な舞台芸術なのです。

「Bangsawan バンサワン」とは、マレー語で貴族を意味し、宮廷を舞台にした王族や貴族にまつわる物語が多く演じられます。マレー、インド、中国、アラブ、西洋文化などさまざまな文化が融合して発展したユニークな舞台です。

マレーシアの村では、古くから儀礼や娯楽のために村人たちによって舞踊劇など、さまざまな芸能が演じられてきました。伝統芸能の多くは、村人たちが周りを取り囲むように座り、その輪の中央で演者たちが演じるというスタイルでした。19世紀後半から発展したバンサワンがそのような村の芸能と大きく異なる点のひとつは、西洋の舞台に影響を受け、プロセニアム・ステージ*の上で演じられるようになったことです。また、チケットを販売して上演を行うという、商業的で都会的な新しい芸能だったのです。(*観客席から見て舞台を額縁のような構造物「プロセニアム・アーチ」で縁取った舞台)

プロセニアム・ステージで上演されるバンサワン。宮廷シーン

バンサワン最盛期の1920年代〜30年代には、マレー半島だけでなく、現在のシンガポール、スマトラ、ジャワ、ボルネオまで人気のグループが興行して回ったといいます。当時は劇団ごとにスター俳優/女優(bintang)がいて、各地でさまざまな民族からなる観客やファン、パトロンたちが熱狂しました。

しかし、1950年代〜60年代、マレー映画が黄金期を迎えると、バンサワンの花形俳優たちは活躍の場を銀幕の世界へと移し、バンサワンの人気は衰退していきます。70年代には、巡業するようなバンサワンの劇団は少なくなりますが、80年代には州ごとにバンサワンのグループがあった時期もあるようです。それ以降は、マレーシア科学大学(USM)をはじめ、現在のマレーシア国立芸術文化遺産大学(ASWARA)などの高等教育機関や国立劇場 Istana Budaya を中心に復興、保存・継承の活動が行われるようになりました。

バンサワンの公演は、役者だけで20〜30人。監督、音楽家、照明、音響、舞台スタッフも入れると総勢150人ほどにもなる、とても大きなプロダクションです。そのため必要となる資金も膨大。USMでの約10年ぶりの本格的な舞台作品となった今回の上演は、ペナン島の文化遺産・芸術 NGO “SEKENET: Persatuan Seni Kreatif Budaya Warisan Estetika Pulau Pinang” との共催により助成金を受けることで実現したそうです。

ザミン・タウラン王国のマハラジャ・ダルサ・アラム王と王妃

王国と天界を結ぶ誓い、愛と運命
物語と登場人物

さて、ここからはバンサワンの特徴を紹介しましょう。

物語は神話や英雄譚、王国の歴史などの歴史ものから、アラビア文学、シェイクスピア作品をもとにした物語までさまざまですが、人間界と天界 (Kayangan) を結ぶ恋愛はお決まりのテーマです。登場人物は、王族、貴族、村人のほかに天界の人々など。そして巨人/鬼(Gergasi)などの伝説的な存在もよく登場します。演者たちは煌びやかな衣装をまとい、世界各地の影響を受けたマレーシアの舞踊や音楽に合わせて演じます。

今回の『Mestika Bumi メスティカ・ブミ』の主人公は、ザミン・タウラン王国 (Kingdom of Zamin Tauran) のマハラジャ・ダルサ・アラム王 (Maharaja Darsa Alam)。ヒロインは、天界からやってきた、魔力をもつメスティカ・ブミ (Mestika Bumi)。ダルサ・アラム王は、王国の権力の象徴である指輪を無くしてしまい、指輪探しの旅が始まります。ある日、王は地上に降り立ったメスティカ・ブミに恋をし、結婚します。ただし、結婚には条件がありました。それは、メスティカ・ブミがどこから来たのか、親が誰なのか、名前は何かなど、素性を探る質問をしないということ。数年後、ダルサ・アラム王はこの約束を破ってしまい、物語は展開します。王が探す指輪とメスティカ・ブミはどう関係しているのでしょうか。

バンサワンは、おもにマレー語で演じられます。王族が使う言葉や、王様に対して使う言葉 “Bahasa Istana “(王宮言葉)も使われます。セリフをよく聴くと日常的に使われているマレー語と違うことが分かります。また、話し方にも様式化されたバンサワンのスタイルがあります。

「これまで、よりリアリスティックな現代劇で演じた経験はありましたが、天界の姫を演じるのは初めてでした。神秘的な存在感や動きをどう表現するか挑戦でした。宮廷のシーンでは、日常生活では使わないような言葉が多く出てくるので、できる限り自然に話せるように練習を重ねました」とヒロインを務めたジュリアナさんは語ります。

ザミン・タウラン王国のマハラジャ・ダルサ・アラム王、王妃と王子(左)

感情やシーンを表す音楽

マレーオペラとも呼ばれるバンサワンでは、主要な登場人物は歌を歌いますし、舞台全体を通して音楽がとても重要です。音楽は、楽団が生演奏で伴奏します。 15年ほど前に私が見たバンサワンの楽団は、バイオリン、キーボード、マレー系の片面太鼓「ルバナ」が基本の楽器構成でしたが、今回の公演では、さらに弦楽器ガンブス、エレキギター、ベース、コンガ、ドラムセットが使用されており、楽器編成にも変化がみられました。

音楽には、喜び、悲しみなど感情を表すメロディや、戦い、幻想的なシーンに合わせる曲など、シーンごとに決まったフレーズがあります。また、演技に合わせて即興で効果音も奏でます。それらは上演がない限り、他ではなかなか聴くことのできない音楽なのです。


より現代的な舞台装置

舞台装置として宮廷(イスタナ)、森の中、海、村の景色、そして天界などの背景画が設置されることも特徴の一つです。とくに宮廷で王様に拝謁する大臣たちが並ぶシーンは、室内の装飾も衣装も美しく印象的です。また、天界の様子は幻想的な照明やスモーク演出で神秘的な雰囲気を創出します。

今回の上演では、「新しい技術を使って背景画にアニメーションも織り込むことで、よりドラマチックで魅力的な舞台になっている」と主役を演じたノーヘルミさんが語るように、背景にLEDを使用することで鮮やかで、視覚的効果を刺激する、より現代的なステージとなっていました。

宮廷での拝謁シーン。王様に対し敬意を表する大臣や従者たち
天界の神秘さを表す照明とスモーク演出
巨人との戦いのシーンは、LEDスクリーンと照明でよりドラマチックに

幕間の「エキストラターン」は流行の発信源

大きな舞台装置の配置転換が必要なバンサワン。幕が降りている間に登場した進行役が「これがないとバンサワンとは呼べないよ!」とその重要性を観客に紹介したのが「エキストラターン」。幕間に幕前のスペースで披露される歌やダンス、マジック、コメディなどを「エキストラターン Extra turns」と呼びます。

昔から、その時代の流行歌や、新しいリズムやステップを取り入れたモダンなダンスなどが披露されるエキストラターンは、新しい音楽やダンスが生まれる大事なプラットホームであり、お客さんにとっては流行りの音楽や踊りに触れられる楽しみの一つだったのでしょう。

人気歌手、モダンなダンス、マジックショーなど、志向を凝らした演出で観客を楽しませる「エキストラターン」

次の世代に受け継いでいく

今回の上演で興味深かったのは、役者の構成でした。主役のダルサ・アラム王を演じたNorhelmi Othman (Mamu) ノーヘルミさんは、USM 大学の文化ホールのスタッフです。彼は1997年からバンサワンに参加し、役者として何度も舞台に立ってきたベテラン俳優です。一方、ヒロイン役を演じたJuliana Madilジュリアナさんは、USM大学の演劇学科の最終学年に在学する学生で、バンサワンは今回が初めての舞台でした。他の役者陣も、経験のある俳優、大学のスタッフや卒業生、そして初めて挑戦する学生たちの混合チームだったのです。

「大学での上演は約10年ぶりなので、現在演劇を専攻している学生たちにとっては初めてのバンサワンの舞台となりました。座学で知識として勉強することと、実際に演じてみるのは大きな違いです。若手の音楽家たちにとっても今回は初めてのバンサワン作品で、手探りで作り上げました。もちろん抜けている部分もあり、演じていて物足りないと感じる場面もありました。でも、足りない部分にフォーカスするよりも、これから次の世代をどう育て、どのように発展させていくかということを考えたい」とノーヘルミさんは語ってくれました。

ヒロイン役を演じたJuliana Madilジュリアナさん。後ろは王に仕える従者たちを演じる大学のスタッフ

バンサワンのセリフには特有の言い回しがありますし、歌や踊りの能力も求められます。それでも今回は学生の役者陣もとても素晴らしく、とくにヒロイン役のジュリアナさんは、もしバンサワン最盛期であればきっとスターになったのではないかと思わせるほど、観る者を惹きつける美しさと熱量がありました。

美しい踊りと歌に魅了され、物語の行方にドキドキしながら舞台に惹き込まれること3時間。真夜中まで舞台を堪能し、終演は深夜0時でした。この公演を観劇し、実演を通して芸能を受け継いでいくことの大切さを感じました。バンサワンの技術と魅力が次の世代へと継承されることを期待しています。

取材・写真撮影: 上原亜季


『Bangsawan Mestika Bumi』

2024年9月に Universiti Sains Malaysiaにて上演された『Bangsawan Mestika Bumi』の様子は、Dewan Budaya, USM の公式YouTubeチャンネルにて公開されています。言葉が分からなくても、舞台の様子、演技、音楽を楽しめます。


【タイトル】BANGSAWAN MESTIKA BUMI(「バンサワン・メスティカ・ブミ」)
【監督】 En. Halimi Mohamed Noh
【物語】『Bangsawan Mestika Bumi』は、1959年にキャセイ映画製作所が製作した映画『Jula – Juli Bintang 3』をもとにした物語。ザミン・タウラン王国の権力の象徴である「メスティカ・ブミ」の指輪を取り戻す旅の物語です。

公演情報

ペナン島のマレーシア科学大学 Universiti Sains Malaysia にて、2025年最初の舞台としてバンサワンが上演されます。

[日時 Date & Time] 
2025年1月17日 Fri. 8:30pm、18日 Sat. 8:30pm、19日 Sun. 2:30pm / 8:30pm (GMT +8)
[場所 Venue]  Auditorium Dewan Budaya, USM, Penang
[言語 Language] マレー語 Bahasa Malaysia
[物語]
魔法のバルキス公園へ向かうタジュル・ムルク王子の危険な旅は、幾多の疑惑と裏切りに直面する。ベルジャヤ王子は「バカワリ」の花を手に入れ、父親であるスルタン・タジュル・アリフの視力を回復ことができるのか、それとも予期せぬ運命に翻弄されるのか?

【参考文献】
  • “The Encyclopedia of Malaysia: Performing Arts” (Editions Didier Millet, 2005)
  • Tan Sooi Beng. “Bangsawan: A Social and Stylistic History of Popular Malay Opera” (The Asian Centre, Penang, Malaysia, 1997)

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