空間・時間・身体が共存する舞台芸術の可能性を追求してきた空間演出家、小池博史氏による舞台『ソウル・オブ・オデッセイ Soul of ODYSSEY』上演(2/22〜28)のため、マレーシアから5名のアーティストが来日。日本の演者らと共に世界三大叙事詩『オデュッセイア』をベースに作品を創作しています。欲望に満ちた人間の「生と死」の問題について問い、この先の未来に目を向けるとき、「マレーシアの多様性が“鍵”になるかもしれない」と語る小池さん。なぜ、今マレーシアが注目されるのか、本作の紹介を通して考えます。
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なぜ今マレーシアなのか?
本作『Soul of ODYSSEY』は、2023年にマレーシアキャストをメインにクアラルンプール(KL)で初演されました。今回は、マレーシア初演のメンバーから5名を日本に招き、日本人キャストを加えて改変しています。国際共同制作にマレーシアを選んだ理由を小池さんに尋ねました。
「今後、世界をどのように成り立たせていくか考える上で、多様性が一つの鍵になる。多様化した社会には、可能性と同時に混乱もあり、それをどう扱っていくか。また、それ故の“オリジナリティ”が今後の社会でも大きく問われていきます。これから日本の労働人口が減っていき、移民などを含めて外国からの労働者についても考えていかざるを得ないとき、どのように多様な文化を受け入れ、多様な世界とどう繋がっていくのか、ということも問われていく。多様であるということは、ただの対立ではない。「異なる」ことを活かしていくことが「調和」への一番大きな道だろう」と小池さんは語ります。そこで、小池さんはアジアの中で、もっとも多様化した文化をもつ国として、マレーシアに注目しているのです。
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ルーツ、言語、身体性も異なる表現者たち
マレーシアから参加するアーティストたちは、一つの国から来たとは思えないような多様さです。民族的ルーツも母語も違えば、学んできた舞踊や芸能も異なる。劇中、5人の個性が見事に際立ちます。マレーシアという国は、なんと興味深い国だろうと、改めて思うのです。日本人キャストも能、雅楽、和太鼓、日本舞踊など日本の古典芸能に根ざした多彩なパフォーマーが集まり、マレーシアの演者との共演により深淵な表現の世界を繰り広げます。
今回、マレーシアから参加するのは以下の5名。
リー・スイキョン Lee Swee Keong
舞踏家であり、ヨガや太極拳、気功などがスイキョンさんの身体表現に大きく影響。瞑想的な要素を取り込んだ「マインドフルネス・シアター」や「メディテイティヴ・シアター」の創作も手がける。20年以上にわたり小池作品に参加し、信頼関係を築き上げる。小池さんは「身体的な表現に加えて役者としても面白い。踊りと役者、どちらも優れた人は世界的にみてもそんなに多くいない」と評価。劇中、セリフはおもに北京語。
セン・スーミン Seng Soo Ming
ヌグリ・スンビラン州スレンバンを拠点に活動する俳優、演出家、脚本家、演劇教育者。伝統芸能とコンテンポラリーの両方を学び、多文化が交わる演劇を創作してきたスーミンさんは、本作での経験を「多様な文化、芸能、言語をどのように融合して舞台を作り上げるか学ぶことができる最高の機会。演者一人一人が真摯に作品に取り組む姿に感動し、リスペクトを感じている」と語ります。セリフは広東語。
ティン・ラマン Tin Raman
KLを拠点に俳優、ダンサー、作家、歌手として活動する、20代後半の若手。KLで生まれ育った、インド系のKLボーイ。伝統芸能からコンテンポラリー、創作演劇など幅広く出演。「今回初めての来日公演にとても興奮しています。日本人の演出家と役者から学ぶことばかり」と稽古終わりにひと言。セリフは英語。
スーミンさんとティンさんの二人については、「演技ではちょっとバカバカしい感じを出せる。イヤらしい、性的な表現も嫌味がない」と小池さんが語るように、かなり際どい表現も勢いよくやってのけ、時に笑いを誘います。
アドラン・サイリン Adlan Sairin
マレーシアの多様な民族舞踊やシラットの動きを身につけたダンサー、振付家。マレーシア随一のダンスカンパニー「ASK Dance Company」を経て、現在はスルタン・イドリス教育大学の客員アーティスト。小池さんはアドランさんの身体能力の高さを評価し、「ゴムボールのような身体」と表現する。一方、アドランさんは「小池さんの細かい部分まで綿密に計算された精緻な演出に驚くと同時に、とても学ぶことが多い」と興奮気味に語ります。台詞はマレー語。
サントシュ・ロガンドラン Santosh Logandran
幼少よりカルナータカ音楽(南インド古典音楽)を学び、それをベースにジャンルを超えた音楽を作曲、演奏活動を広げる音楽家。2022年にマレーシアで話題を呼んだ映画『Mat Kilau』では音楽監督を務めた。本作では、タブラなどの太鼓・打楽器などさまざまな楽器を用いて生演奏。ギター、サックス、笛など楽器を持ち替えて音を紡ぎ出す、日本の音楽家・太田豊氏との音の掛け合いにより豊かな音空間を生み出し、観客を物語の世界へと誘います。
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飛び交う多言語、それを超える身体表現
本作の特徴の一つは、日本語、英語、マレー語、北京語、広東語が飛び交う多言語の舞台です。劇中、セリフはそれぞれのパフォーマーの母語で語られます。オデュッセウス王は北京語、妻ペネロペは日本語、テレマコス王子はマレー語で会話するという具合です。
セリフ全てを理解することは難しく、言語ばかりに気を取られているうちに物語は進みます。そもそも、全ての言葉を理解することは期待されていないのです。身体的な動きが言葉をゆうに超え、その世界に引き込まれます。
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現代に通じる、普遍性に満ちた人間物語
「滅び」、そして「希望」が芽生える
本作のベースは、紀元前8世紀、古代ギリシアの詩人ホメーロスによる叙事詩『オデュッセイア』。トロイア戦争の後、故郷への帰還をめざす英雄オデュッセウスの壮大にして壮絶な旅の物語です。
そこに描き出されるのは、人間の強欲さと愛。食欲、性欲、征服欲というあらゆる「欲」が渦巻き、争い、破壊し、滅んでいく様子。何世紀も昔から人類は戦争を繰り返してきました。日本にいると平時に見える現在でも、世界を俯瞰してみると、やはり戦争は起きているし、紛争の火種があちこちでくすぶっている。紀元前の物語でありながら、それは今の時代と全く変わらないのです。
小池さんは、「今も紀元前から全く変わっていない。ただ、現代社会では科学技術の発展と資本主義、AIの進歩が大きな問題点であり、世界は“滅び”の方向にしか向かわないのではないか。今の社会を発展させてきた人たちが、自分たちの既得権を簡単に手放すとはとても思えない。それであれば、何か大きな「滅び」が必要になるのかもしれない。滅びることで次の「希望」が生まれる。つまり、それがパラダイムの転換。今いる私たちがどのように変わっていけるか、ということが問われているのだ」と語ります。
空間芸術が生み出す「宇宙」
小池さんの舞台作品は、身体表現、演技、音楽、視覚効果など、様々な要素が混在する、驚きに満ちた、現代的でスペクタキュラーな舞台です。どの瞬間を切り取っても美しさがある。それだけ緻密に全体の動き、光、映像のバランスを見極めて空間を創り上げている。まさしく空間芸術。
えぐられるような生命のドロドロとした部分を感じたり、視覚的なインパクトと、身体的な美しさが際立つ演出で、生死を見つめる哲学的な思想がベースにありながら、観る者を驚かせるようなエンターテインメント性を融合。舞台に立ち現れるのは、宇宙的な世界です。
空間演出家として、40年以上にわたり世界各国の多ジャンルの多様なアーティストと共に舞台作品を創作してきた小池さん、そして、日本とマレーシアのアーティストが創造する「宇宙」から私たちは何を感じ、どんな未来に想いを馳せるのでしょうか。
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#小池博史ブリッジプロジェクトOdyssey
「Soul of ODYSSEY」舞台公演
~世界三大叙事詩『オデュッセイア』より
【公演日】 2025年2月22日(土)~2月28日(金)
【会場】ザ・スズナリ@下北沢 (東京都世田谷区北沢1-45-15)
■公式HP:https://kikh.org/2024/09/16/soul-of-odyssey/
■ チケット料金
※全席指定
◉通常チケット
前売券 :一般 5,500円/U-25 3,500円
当日券 :一般 6,000円/U-25 4,000円
◉世田谷区民割チケット ※前売券のみ
一般 4,500円/U-25 3,000円
■ チケットに関するお問い合わせ
hkbpyoyaku@gmail.com
※3才以下のお子様のご入場はご遠慮ください。
■出演者・スタッフ
作・演出・構成・振付:小池博史
出演:リー・スイキョン、今井尋也、池野拓哉、櫻井麻樹、森ようこ、セン・スーミン、長谷川暢、西川壱弥、津山舞花、ティン・ラマン、アドラン・サイリン、大城海輝
音楽:サントシュ・ロガンドラン、太田豊
美術:山上渡
主催:株式会社サイ
協力:Kuala Lumpur Shakespeare Players
助成: 文化芸術活動基盤強化基金(クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
後援:外務省、駐日マレーシア大使館
■第35回下北沢演劇祭参加団体
【 公演に関するお問い合わせ 】
株式会社サイ/HIROSHI KOIKE Bridge Project – Odyssey
TEL:03-3385-2066
mail: sai@kikh.com
【今後のプロジェクト展開】
2025年秋には「火の鳥」プロジェクトの集大成として「HINOTORI 火の鳥・山の神篇/火の鳥・海の神篇」を上演予定。今回の「Soul of ODYSSEY」参加者を含む、日本、ポーランド、マレーシア、ブラジル、インドネシアの演者らとともに、世界中に存在する火の鳥伝説を下地にした「再生」の物語を描写。9月ロームシアター京都にて「HINOTORI 火の鳥・山の神篇」、10月なかのZEROにて「HINOTORI 火の鳥・山の神篇」「HINOTORI 火の鳥・海の神篇」を上演予定です。