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音で訪ねるマレーシア#7 俳優、P. ラムリー [WAU No.20]

マレーシア映画界を代表する俳優、P. ラムリー。

伝説のスターともいわれる彼は、映画監督だけでなく作曲家、歌手としても活躍。2018年には、彼の歌曲149曲が国家遺産となりました。


P.ラムリーとサロマのアルバム『Kenangan Abadi』

 P. ラムリーは、新作映画ごとに新しい曲を生み出し、マレー歌謡、ポップソングの礎を築きました。ピアノ、バイオリンのほか、トランペットやサックスも演奏した彼は、マレーやインドネシアの「ジョゲッ」や「クロンチョン」、「ドンダン・サヤン」など地元の音楽スタイルをベースに、ラテン音楽、ジャズ、アラブ、インド音楽のリズムやメロディを自身の体に浸透させ、自在にブレンドして作曲する才能を発揮しました。60年代に作曲した「ブニ・ギター」では、当時海外で流行していた「ツイスト」も取り入れています。

 P. ラムリーは、1929年にペナン島で生まれました。中等教育の途中で太平洋戦争が勃発、日本軍がペナン島を占領すると日本海軍学校に入学します。そこで音楽の基礎や日本語を学び、日本の曲をピアノやバイオリンで演奏するようになります。後に、日本映画からも影響を受けたそうです。

 1945年には最初の音楽バンドを結成し、音楽家としてキャリアをスタート。1948年に『チンタ(愛)』で映画デビュー。44歳という若さで亡くなるまでに映画60作品以上に監督・俳優として携わり、300曲以上を作曲。1950年代から60年代のマレー映画黄金期を支えた大スターでした。現在でも、彼の映画は繰り返しテレビで放映され、歌は多くの歌手によってカバーされています。今年2月に日本で上映された『わが義母』でも、艶のある彼の歌声は観るものを魅了しました。

 P. ラムリーの3人目の妻サロマ(Saloma)は、彼の映画にも登場する女優であり、マレーシア、シンガポールで絶大な人気を誇る歌手でした。甘い愛の歌から、メロウな曲、軽快でおどけた楽しい楽曲まで、2人のデュエット曲を含むP. ラムリーの名曲はアルバムとしてもリリースされています。マレーシア訪問の際には、ぜひCDショップで探してみてください。

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