音楽

日本とマレーシアの民謡の出会い

MIKAGE PROJECT ASEAN TOUR 2023 in Malaysia with Asmidar

MIKAGE PROJECT 佐藤公基さん(日本)x  Asmidarさん (マレーシア) インタビュー

日本ASEAN友好協力50周年を記念し、民謡ユニット「MIKAGE PROJECT」(*)が、タイとマレーシアで公演とワークショップを実施します(主催:国際交流基金)。10月24日と25日のマレーシア公演では、マレーシアの伝統歌謡の歌姫 Asmidar (アスミダー)さんが特別ゲストとして参加し、MIKAGE PROJECTとコラボレーションします。

 今回の共演を前に、伝統的な曲をアレンジし、若い世代にも響くサウンドを生み出すMIKAGE PROJECTの佐藤公基さんと、マレーシアの伝統歌謡を歌い継ぐアスミダーさんにインタビュー。そこで見えてきたのは、MIKAGE PROJECTとアスミダーさんが追い求める、伝統的な本質を大切に残しながら新しいアレンジを加えた民謡の継承のあり方。両者の民謡に対する愛。日本とマレーシアに共通する稲作文化にまつわる曲など、民謡の成り立ちもお聞きしました。コラボレーションでは、お互いの音楽の魅力をぶつけ合い、日本とマレーシアがブレンドされた新しい音楽が生まれることに期待が深まりました。(以下、敬称略)

* MIKAGE PROJECT:「日本各地の民謡を、次世代へと繋げる。」というコンセプトをもとに和楽器の可能性を追求しながら現代の感覚で作編曲し、民謡の魅力を日本のみならず世界へ伝えていく活動をする民謡ユニット

日本とマレーシアの民謡、その成り立ち

— まず、それぞれに自己紹介をお願いします。

佐藤:尺八を演奏している佐藤公基です。今回マレーシアでコラボレーションできることを楽しみにしています。よろしくお願いします!頑張ります!

Asmidar: こんにちは。マレーシアの歌手Asmidar です。7歳の頃から伝統歌謡を歌い、プロの歌手としてポップスやバラード曲も歌っています。今回、MIKAGE PROJECTのみなさんと共演できることをとても楽しみにしています。

■ MIKAGE PROJECTの楽器編成

— はじめに、MIKAGE PROJECTの楽器編成についてですが、尺八、三味線、箏は伝統的に一緒に演奏してきたのでしょうか?この組み合わせについて教えてください。

佐藤:元々は一緒に合奏するために作られた楽器ではなく、尺八、三味線、箏、それぞれの歴史があります。時代の流れの中で一緒に合奏するようになってきました。本来、お箏が民謡の世界で伴奏することはほとんどないのですが、MIKAGE PROJECTでは日本の音楽ではあまりない和声を奏でるために、二十五絃箏の本間貴士さんに参加してもらいました。邦楽の歴史的にはあまりない三人の編成で演奏しています。

— 津軽三味線は、演奏される地域が比較的限定されるのではないですか?

佐藤: 津軽という地名がついている通り、民謡の世界で津軽三味線は基本的に東北地方の民謡の伴奏に使われています。

— この3人の編成、楽器の組み合わせ自体が新しい試みなのですね。

 佐藤: この楽器とこの楽器は本来一緒に演奏してはいけない、というルールは無いと思います。そのような固定観念を払拭したいという想いもあって、この編成になりました。今回、タイとマレーシアを訪問する際にも、それぞれの国の民族楽器とコラボすることに制限はないと思っています。

Asmidar: 新しい形での編成、曲のアレンジも新しいということですね。確かに制限はないですよね。

■ マレーシアの民謡の成り立ち

— 日本の民謡は、民衆の生活に根ざし、主に口承で伝えられてきた口承歌です。労働歌、祭祀や年中行事と関係の深い歌、子どもの童歌(わらべ歌)、子守唄のほか、豊作を願ったり、感謝したり、稲作にまつわる歌も多いです。マレーシアの民謡にはどのような成り立ちの歌がありますか?

Asmidar: 例えば、サラワク州の歌「Puteri Santubong プトゥリ・サントゥボン 」 は、伝説にもとづいた曲です。天界からおりてきた美しい二人の姫、サントゥボン王妃とセジンジャン王妃は双子のように仲の良い姫たちでした。サントゥボン王妃はサラワクの有名な織物プア・クンブ布を織ることが得意。一方、セジンジャン王妃は稲作が得意でした。しかし、二人の姫は同じ王子に恋をしてしまい、喧嘩を始めます。激しい争いの末、二人とも山に姿を変えられてしまったというお話が元になった歌です。

 「Ala Canggong アラ・チャンゴン」は、ペルリス州の踊りのための曲です。ペルリス州はタイと国境を接しているので、音楽も踊りもタイの影響を強く受けています。アラ・チャンゴンという踊りは、お米の収穫祭で農民たちのためによく踊られてきました。そのため、この曲の歌詞には収穫の様子などが歌われています。

■ 日本ASEAN友好協力50周年を記念、マレーシア公演の選曲ポイント

— MIKAGE PROJECTは、今回のマレーシア公演では、「花笠音頭」(山形県民謡)、「まんず秋田」(秋田県)、「炭坑節」(福岡県)、「阿波踴る~渦と成り~」(徳島県)、「豊年こいこい節」(宮城県)、「筑子節」(富山県)ほか、日本各地の多様な曲を演奏予定ですね。選曲のポイントを教えてください

佐藤: お祭りの時に歌われる曲や、豊年、豊作を祝う曲など、祝いの気持ちや、何かを成功させるために想いを込める、という曲を選びました。今回のツアーは、日本ASEAN友好協力50周年事業ですので、この記念すべき年に想いを込めて選曲しました。

— Asmidarさんの選曲のポイントは、音楽でマレーシアを巡ることだと伺いました。そのためマレー半島側の歌「Ala Canggong アラ・チャンゴン」(ペルリス州)「Dondang Sayang ドンダン・サヤン」(マラッカ)「Sirih Pinang  シリ・ピナン」だけでなく、東マレーシア(ボルネオ島)の曲「Puteri Santubong / Liling プトゥリ・サントゥボン /リリン」もコラボレーションのために選曲されています。 

コラボレーションについて

— 今回のマレーシア公演では、日本とマレーシアの曲を一緒に演奏する予定ですね。お互いのコラボレーションの曲を聞いて、どんな印象を持ちましたか?また、実際に演奏、歌ってみてどのように感じていますか?

佐藤:まず、使われている音階が日本の民謡とは異なっていました。日本の民謡は楽器の特性上、使われる音階が暗い曲が多いのですが、今回一緒に演奏するマレーシアの曲は、国民性なのか、楽器の特性なのか分かりませんが、明るい陽気な印象でした。

 使われる音階が基本的に5音階というルールの中で世界観が作り上げられている点は、日本の民謡と共通しています。アジアの国同士ということで繋がりを感じることができました。

 和楽器でもとても演奏しやすいメロディーや曲の展開で、ここはこうしよう、ここはお箏、ここは三味線という感じでアイデアが浮かび、コラボレーションがとても楽しみになりました。

— Asmidar さんは、MIKAGE PROJECTの「筑子節」をとても気に入ったようですが、特に印象的だったポイントを教えてください。

Asmidar:初めてこの曲を聴いた時、すぐに恋に落ちたような気持ちになりました。「筑子節」のメロディーとMIKAGE PROJECTのアレンジやサウンド、グルーブにあっという間に虜になってしまいました。 私自身も伝統歌謡をジャズやポップスなど、いろんなジャンルの音楽として歌うことが好きなので、いつも「reverse osmosis(逆浸透)」の法則を信じています。例えば、若い世代に新しいアレンジの伝統曲を聴いてもらい、そこから元の伝統的な曲を聴いてもらいたいと思っています。今回、「筑子節」がまさに私にそのような形で伝わりました。彼らの新しいサウンドを聴き、それから元の曲に興味が湧いて原曲を聴いてみました。

MIKAGE PROJECT / 筑子節(富山県民謡)

■ 稲作や豊作を願う歌

— 「筑子節」は、富山県に伝わる日本最古の民謡のひとつで、稲作の豊作を祈るために古代から中世にかけて流行った「田楽」と呼ばれる歌舞の流れを汲んでいると言われています。昔から稲作が盛んなマレーシアにも豊作を願って作られた歌や郷土芸能はありますか?

Asmidar: 稲作が盛んなサラワク州では、毎年6月1日に、同州最大の民族ダヤクの人々によって収穫祭 “Gawai Festival” が催されます。とても盛大なお祭りで、先住民が暮らすロングハウスの村長が村人たちと祈りを捧げ、その年の実りに感謝し、次期の豊作を願います。自家製の地酒 Tuakを飲むことも、この祭りの象徴の一つです。音楽を奏で、歌い、踊るほか、ミスコンテストが催されたり、賑やかに米の精霊を祝すのです。ですから、マレーシアでも稲作、収穫を祝うお祭りはとても大きな意味を持ちます。

— 今回、日本とマレーシアの民謡を聴いていて、両国にとって稲作がとても重要な文化の一つであることに改めて気がつきました。

次世代に繋いでいく

■ 本質を大切に残した新しい民謡の形

— 日本では、民謡は若い世代にどのように受け継がれていますか?

佐藤:小学校の音楽の教科書に「筑子節」が載っていますが、盆踊りなどでこれが民謡だと思って聴いている子どもはあまりいないと思います。今の子供たちは民謡が新しい、古いという感覚もないと思うので、知られていないことは本当に絶滅的で危険だと思う反面、考え方次第では子供たちの民謡に対する色が真っ白なら、何色にも変えられるチャンスだとも考えられます。MIKAGE PROJECTの曲を初めて聴いた時に、民謡はカッコいいのだと思ってもらい、それからその根本である曲も聴いてみようと思うきっかけになれたらいいと思っています。

 ただ、やはり民謡を知っている人口はかなり減っているので、歌い続けなければ淘汰されてしまうと思います。三味線奏者の浅野祥さんがよく言う言葉なのですが、同じ器に同じ水を動かさずに入れておくと腐ってしまいます。どんどん下から新しい水を加えていけば、古い水は少しずつ上から出て土に還り、水は常に新鮮な状態で保たれます。「フレッシュな民謡」という言葉が適切か分かりませんが、そのような形で子供たちに伝えていきたいです。僕たち世代も、そのように先輩方から受け継いできたから、今があります。いろんなものに感謝しながらやっていきたいと思っています。ポジティブに考えた考え方ですが。

マレーシアでは、「ラグ・アスリ」などの民謡に触れる機会は家庭環境のほか、歌や楽器を習う機関はありますか?

Asmidar: マレーシアも似たような状況です。フォークソングを小学校で習いますが、「Lagu ANAK ITIK TOK WI」「Lagu Rasa Sayang」「Suriram」「Geylang si paku geylang」など、ほとんどが童謡です。子供たちは自分の国の曲、自分たちの音楽なのだと学びます。大学など高等教育機関でも伝統芸能や伝統音楽を教えている学校があります。私は ASWARA(国立芸術文化遺産大学)で、講師をしていました。

 ただ、世界中で同じ状況だと思いますが、ポップスなどの新しい音楽からの影響が非常に強くて、伝統曲は追いやられている印象もあります。ですから、やはり継承者が大切ですし、伝統的な形を大切に継承するだけではなく、伝統曲に新しさを加えることはとても良い試みだと思っています。

 佐藤さんも言っているように、器の中の水がずっとその中にあったら腐ってしまいます。新しい水を加えることで、ずっと楽しむことができます。ただ眺めているだけではダメなのです。新しさを加えることで、伝統曲が途絶えることはないと私は思っています。そして、家族から継承した音楽を次世代に引き継ぐのは、私やMIKAGE PROJECTのみなさんの責任だと思います。


佐藤: 今、お水の話が出ましたが、「新しい水」と言っても、柔らかい水なのか、硬い水なのか、味がどうなのかという試みを行いながらも、その本質は変えないで新しい水を入れることが大事だと思います。日本の水とマレーシアの水を混ぜた時にできる新しい水がどんな味なのか楽しみです。ただ単に新しい水を入れるという感覚ではない。そこがすごく大事だと思います。安易に新しい水を入れてしまうような人もいると思いますが、それだと本質からズレてしまうと思います。本質を大切にして、一緒に音楽を奏でられたら嬉しいです。

共演に向けた想い

今回のコラボレーションを前に、改めてお互いに聞いてみたいことはありますか。

佐藤: 僕も伝統楽器を演奏しますが、いろんな音楽を聴いてアイデアを見出しています。Asmidar さんの好きなアーティストやどんな歌い方に影響を受けているか教えてください。

Asmidar: 日常的に、もちろん伝統曲を聞きますが、いろんな音楽から影響を受けています。好きなのはエレクトロニック音楽です。歌手ではビリー・アイリッシュなど、新しい音楽を聴いています。でも、一番影響を受けているのはビョークです。彼女の歌い方や考え方が好きで、一つ一つの作品にインスパイアされています。そのほか、ジャズやエクスペリメンタル、フュージョン、西洋クラシックもオペラも聞きます。

Asmidar: マレーシアでは、伝統曲を新しくアレンジすること、新しい要素を加えることを好まない人たちがいます。MIKAGE PROJECTが伝統的な民謡を新しくアレンジする時に、どんなことに配慮しますか?批判されたりすることはありますか?

佐藤: まず、反対や批判をされるのが怖いので、気をつけています。僕たちが民謡を理解した上でアレンジしていることを分かってもらうことが大事だと思っています。MIKAGE PROJECTのメンバーは、幼少期から家庭環境の中で民謡を受け継いできたので、基礎が身についています。例えば「筑子節」のアレンジの中にも地元の人にしかわからない楽器や歌詞が使われています。民謡の当事者たちが聴いても納得させることができる、地元に根ざした要素をどの曲にも散りばめています。それがとても大事だと思っていて、ただ新しいコードだけつけるのは簡単だと思いますが、その曲に対するリスペクトや民謡愛の想いを込めることによって、同業者の人たちにも、この人たち分かっているね、と思ってもらえるように心がけています。
Asmidar: 曲に新しさを加える時には、オリジナリティを残し、アイデンティティを失わないことも大切ですね。

最後に、自国の曲を一緒に演奏するにあたって、何かアドバイスや気をつけるといいポイントなどはありますか?

佐藤: 特にアドバイスなどはありませんが、お互いの国のことも音楽のこともリスペクトしあって、自分が培ってきた自分が好きな音色や音楽性を交流した時に、新しい音が生まれる可能性があると思っています。遠慮せずに、ここは違う、ここはこうやった方がいい、など言い合えるような形で一緒に演奏できたらいいなと思っています。

Asmidar: 私も同じようなことを考えています。お互いのサウンドを大事にしつつ、制限なく、お互いのクリエイティビティをぶつけ合って曲を作り上げていけたら嬉しいです。それがコラボレーションの醍醐味ですから。きっと彼らの創造性が、私やマレーシアのミュージシャン、さらにはお客さんにインスピレーションを与えてくれると思っています。一緒に演奏することで、異なる視点を持っていろんなサウンドを探求できることを期待しています。


幼少期から民謡の世界に触れ、実力を備えた演奏家、そして歌手として活躍するMIKAGE PROJECTとアスミダーさん。民謡の伝統的な本質を失わない形で、現代の若者の心も掴むアレンジで音を紡いでいく、という同じ方向性を感じました。日本とマレーシアの民謡の出会いにより、素晴らしいサウンドが生み出されることを確信しています。この貴重な共演をどうぞお見逃しなく!

2023年10月24日(火)&10月25日(水)
MIKAGE PROJECT ASEAN TOUR 2023 in Malaysia with Asmidar

日時: 2023年10月25日(水) 20:00(マレーシア時間)
会場: Petaling Jaya Performing Arts Centre(PJPAC) https://pjpac.com.my/
出演: MIKAGE PROJECT, Asmidar
チケット: 要事前予約。チケット予約をご希望の方は、クアラルンプール日本文化センターのウェブページをご確認ください。

【MIKAGE PROJECT】

日本全国の民謡を現代の感覚で作編曲し、民謡の魅力を国内外に伝えるユニット。2020 年12 月結成。MIKAGE(御影)とは神仏の霊魂や魂の意。世界各地の民謡を通じ先人の音霊を後世に残すことを理念に掲げる。メンバーは和楽器の可能性を追求してきた実力派3名、佐藤公基(尺八・篠笛・お囃子・鳴り物)、浅野祥(津軽三味線、唄)、及び本間貴士(二十五絃箏)により構成。それぞれ幼少期より家族から和楽器の手解きを受け、国内外のコンクールで優秀な成績を収める。卓越した演奏技術や幅広い音楽ジャンルを取り込んだスタイルが話題を呼び、結成から1 年足らずでNHK 総合「民謡魂」に出演。2021 年4 月にファーストEP「MIKAGE PROJECT」、2022 年5 月にセカンドEP「NEO BUSHI」、2023 年5 月にサードEP「KeHaRe」をリリース。唯一無二の研ぎ澄まされたセンスとハーモニーで民謡の新境地を開き、音楽業界から注目を集めている。
公式ウェブサイト https://mikageproject.com/

Asmidar  アスミダー

クアラルンプール生まれ。幼少期から伝統的な民謡の歌い手として活動。2011年に歌番組「Vokal Bukan Sekadar Rupa」で優勝し、メジャーデビュー。伝統的な曲を現代的なテイストで表現し、若い世代にもその魅力を伝える。現在は、歌手として活躍するかたわら、テレビ番組のホストや女優業にも挑戦中。

Facebook : @asmidar.10
Instagram : @asmidarisme

Apple Musicにて、アルバム「Kali Pertama」(2013)やシングル「Sireh Pinang」(2019)を含む10曲が入手可。SpotifyやAmazon Musicでも聴くことができます。

Sireh Pinang by Asmidar (YouTube)

取材協力: 国際交流基金(JF)/ Japan Foundation Kuala Lumpur


*今回のMIKAGE PROJECT ASEAN TOUR 2023 in Malaysia with Asmidar開催に際し、Hati Malaysia の上原亜季がAsmidar さんのコーディネートに全面的に協力させていただきました。マレーシアのアーティストのコーディネートなど、ぜひご相談ください。

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