工芸

ピューターに魅せられて。マレーシアの伝統をつなぐ日本人女性

12枚のピューターシートをつなぎ合わせて作る「メロンポット」

マレーシアが世界に誇る伝統工芸品、ピューター。錫(スズ)を主成分とした製品で、金属がかもしだすクールな印象とエレガントな美しさの両方を感じられる不思議な魅力があります。世界中にファンのいるマレーシア製のピューター。その名を知らしめたのが、創業130年の歴史をもつロイヤルセランゴール社です。1992年、マレーシア国王からロイヤルの称号が与えられた由緒正しいブランドで、政府関係者や大使館の御用達。ビアマグ、花瓶、写真たてなど、洗練されたデザインながらも実用的なアイテムの数々は、マレーシアを旅したことがある人なら、誰もが目にしたことがあるでしょう。

この製品に魅せられて、日本で奮闘するひとりの女性がいます。

ピューターと共に生きた子供時代

ピューター。あまりなじみのない言葉に聞こえるかもしれませんが、日本でも珍重された時代がありました。奈良の正倉院には、錫製の薬壷や水瓶が大切に保管されています。また、現代におけるピューター製の代表格といえば、ゴルフ、F1、テニスなどの競技大会での優勝杯。中には、今回取材したロイヤルセランゴール社が製造したものもあります。

針金細工が好きだった幼少時代

ロイヤルセランゴール社と渡辺那美さんが初めて出会ったのは、子どものころ。両親がマレーシアで暮らしていたため、自宅には多くの同社製のピューターがあったそうです。あるきっかけで、2003年よりロイヤルセランゴール社との仕事をスタート。2013年、日本支社の代表取締役に抜擢。現在は、銀座の和光、日本橋の高島屋など、全国約30箇所の百貨店と提携し、商品の卸を行っています。

金属のなかに見る、人のぬくもり

渡辺さんは、ピューターの魅力をこう語ります。「無機質な物質なのに人のぬくもりを感じます。それは、どの商品にもかならず、職人の手作業で行う工程があるからです。そのため、どれひとつとして同じものはありません」。

1950年代の作業風景

また、ピューターの特徴であるやわらかい性質。加工しやすく繊細なモチーフが掘れるのですが、その一方で、傷がつきやすいという点も。ところがこんな経験をされたそうです。「ご自宅が火事に遭われた方から、ティーポットの取っ手を修理して欲しい、という依頼がありました。新しいものにお取替えしましょうか?と伝えると、それは困る、取っ手だけを変えて欲しい、と。長年愛用されていたので、ティーポットには小さな傷がいくつもありました。でもその傷が家族の歴史そのものだから、とおっしゃるのです」。ロイヤルセランゴール社には現在約300人の職人が勤務し、彼らのもつ技術の結晶が商品となり、世に生み出されています。そして、それを暮らしのなかで使用し、時間を積み重ねていく消費者が、ピューターに命を吹き込んでいくのです。

密閉性があり、湿度を遮断する効果が高い茶筒

伝統とは、人がつないでいくもの

マレーシアで受け継がれてきた伝統、ピューター。今回、渡辺さんにインタビューをして、伝統という言葉のイメージが変わりました。伝統とは、なんとなく自然発生的に生まれたものでは決してないのです。伝統とは、ロイヤルセランゴール社が渡辺さんに伝えたように、人が人へ、強い意志をもってバトンタッチしてきたもの。そして、伝統をつないでいくのは、私たち自身。伝統とは、過去のものではない。今を生きる私たちにとって必要なものなのです。

NamiWatanabe

渡辺那美

Nami Watanabe

株式会社 ロイヤルセランゴール 代表取締役
1970年生まれ、東京都出身。両親がマレーシアに住んでいた影響で、マレーシアとの深い縁をもつ。ロイヤルセランゴール社のピューターを通して、マレーシアという素敵な国のことも知ってほしい、と語る

WAU 6号表紙インタビュー記事】


取材・文:Oto Furukawa
写真:ROYAL SELANGOR(製品) / Aki Uehara(人物)

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