Unraveling Malaysia’s Indian Community through the Tamil Film “Fire on Water”.
マレーシアのタミル語映画『Fire on Water(水に燃える火)』(2024)が、第19回大阪アジアン映画祭(2024年3月開催)にて上映されました。 本作は映画『JAGAT』(2015)で、第28回マレーシア映画祭にてタミル語映画として初の最優秀作品賞を受賞(同時に最優秀新人監督賞を受賞)し注目を集めた、サンジェイ・ペルマル監督の第2作です。
ゲストとして来日したサンジェイ監督、本作に出演した女優ルビニ・サンバンサンさん、ルピニ・クリシュナンさんに、マレーシアにおけるインド系映画界における変化、コロナ禍からのリスタート、インド系家庭におけるタミル語言語などについて聞きました。
「火と水」タイトルに込められた想い
– まず、タイトル “Fire on Water “について。 “火” と”水”という対照的な言葉の背景には、何かインドの哲学があるのでしょうか?
サンジェイ監督: 著名な慈善家である、聖者スリ・ラーマリンガム・アディガラーの愛と知恵という強力な二本柱から成る哲学に、私は感銘を受けました。彼の大著は1,596行からなる驚異的な詩で、「神の火」という概念を深く掘り下げています。興味深いことに、彼はこの「火」が水の中でさえ「生命の輝き」そのものとして現れると説いています。
その中で特に私を魅了したタミル語のフレーズが、”Neer Mel Neruppu”(”Fire on Water”)です。そのタミル語の響きの美しさに魅了されただけでなく、想像力が掻き立てられました。
“火” と“水”の本質的な矛盾、それらがこの表現の中で共存していることにとてつもない力強さを感じました。そして、それは私が取り組んでいる映画の核となるテーマと完璧に共鳴していたのです。
– この映画で最も印象に残っているシーン、またその理由を教えてください。
サンジェイ監督: 実はいくつかのシーンがあるのですが、2つだけご紹介しましょう。一つは、カーティとペギーが森の中を歩き、海辺に腰掛けて、静寂との出会いについて語る場面です。沈黙をテーマに議論しているとき、禅の心を感じるからです。もうひとつは、カルティが酔っ払って、路上で酔っぱらいたちと踊っている場面です。カーティが暗澹たる瞬間を祝福へと昇華させたためです。結局のところ、悲しみを祝福に変えられない人生はつまらないと思うのです。
監督の半自伝的ストーリーに
反映されたインド系映画界の時代の流れ
マレーシアのインド系映画業界を舞台にした本作。テレビ業界で数年間仕事をしたサンジェイ監督が、自由な表現ができないことに苦悩した経験などを反映した半自伝的映画です。ルビニさんが「この映画で描き出された状況は、かなりリアルで現実に近い」と言うように、タミル語映画製作者が抱える葛藤もそのまま描き出されています。
– インド系映画業界について、時代の流れなど背景を教えてください。
サンジェイ監督: すべては1980年代にテレビから始まりました。今、フリーランスで仕事をしている映画人の多くはテレビ業界からキャリアをスタートさせました。当時は、映画監督になるためにはテレビ局に依存する必要があり、私もプロダクションハウスに所属していました。テレビ業界でドラマ製作などに携わり、業界について学ぶことにしました。マレー系の映画界で仕事をする、またはジャーナリストになるという選択肢もありましたが、自分でタミル語映画を作りたかったので、2011年に会社を立ち上げて独立しました。
1990年代から2000年代初めまで、マレーシアのインド系映画業界はある特定の少数の人々によってコントロールされていました。彼ら抜きに業界に入り込むことは難しかったのですが、2006年頃から突然業界が開かれ、誰でもフィルムメーカーになることが可能になったのです。ですから僕は、その中間的な世代です。
– 2006年頃に何が起きたのですか?
サンジェイ監督: デジカメが普及し、2006年頃にFinal Cut Pro(プロ向け映像編集ソフト)が広く使われるようになり、SNSの広がりもあって、映像を製作して自分で公開できるようになったのです。『Fire on Water』は、2004年頃から2010年始めの設定なので、2006年頃を境にアナログ時代とデジタル時代を描いています。
マレーシアのインド系映画界のもう一つの転換期としては、マレーシア語映画のみを対象としてた「Skim Wajib Tayang」(「上映義務スキーム」: 承認を受けたマレーシア映画を映画館は最低2週間上映する義務を負うという規定)に、2012年からタミル語、中国語などの非マレーシア語映画も含まれるようになり、タミル語映画も国内の大きな映画館で上映されるようになったのです。そして、近年は、SNSが新たなプラットフォームになっています。特にTikTokでは、大きな収入を得るインフルエンサーも出てきています。
ルビニ: マレーシアのインド系のアーティストに関して言えば、インフルエンサーの方がよほど多く稼いでいます。最近は、監督やマーケターもインフルエンサーを映画やドラマに起用したがります。他でのマーケティングに多くの費用を費やさずにSNS上で人材探しをするんです。今、みんながいるのはSNS上ですから。マーケティングできる大きなプラットフォームを持つインフルエンサーは、無視できない存在なのです。
でも、フォロワー数など、数字だけでキャスティングするのはとても残念ことです。最近は、オーディションの際にもSNSのフォロワー数をチェックされます。タレントや俳優にとって、数字を元にキャスティングされるのはとても悲しいことです。
パンデミック期からリスタートとしての本作
– 2020年からは新型コロナウィルスのパンデミックでマレーシアの映画業界も3年ほどストップしました。『Fire on Water』が撮影されたのは何年ですか?
サンジェイ監督: 2022年に撮影しました。まだコロナ禍は続いていて、パンデミックの終わりが見えてきた時期でした。みんなマスクを着用して撮影に臨みました。プロジェクトは、コロナ禍以前から始まっていたので、ロックダウン中は自宅にこもって台本を書いていました。
– マレーシアの映画業界全体がコロナ禍で打撃を受けたと思いますが、製作などの活動はどのように再開されて、動き始めたのですか?
サンジェイ監督: 政府はFINAS(マレーシア国立映画開発公社)を通して「国家経済回復計画」 (PENJANA: Pelan Jana Semula Ekonomi Negara )の一環として大規模な補助金「デジタルコンテンツ助成 Digital Content Grant (DKD) 」を出しました。こうした支援もあって『Fire on Water』は製作することができました。テレビシリーズ向けにも補助金が用意され、業界全体が復興しました。このような補助金がなければ映画業界は大変だったでしょうし、僕自身もこの作品を完成できなかったと思います。
医師、俳優として
ルピニ・クリシュナン
主人公の恋人役を演じたルピニ・クリシュナンさんは、なんと医師と俳優の仕事を両立。病院で日勤を終えて、そのまま撮影現場に直行し、また職場に戻るハードスケジュールもこなす、バイタリティあふれる女性です。
ルピニ: 新型コロナウィルス(COVID-19)のパンデミック期、マレーシアでは全国的に医療従事者が不足していたため、救急医である私もボルネオ島のサラワク州に半年間派遣されるなど、様々な地域で医療活動に従事しました。フルタイムドクターとして常にオンコールの状態で仕事もきつかったし、コロナで多くの死と直面したことも精神的に辛かったです。
でも、コロナ禍を経験したことで、永遠に続くものは何もない、全ては変わりゆくのだと思い知らされ、より謙虚に生きようと思えたことは、私自身の人生にも大きな変化をもたらしました。
と当時を振り返ります。医師としての仕事に追われた上、活動制限令によって厳しいロックダウンを経験したマレーシアでは、映画の撮影などもできない状況だったため、「女優としてのキャリアはもう終わったと思いました。でも、再び本作で俳優業の道がひらけたので、ここから再挑戦できることがとても嬉しい」とリスタートへの想いを語ってくれました。
タミル語という言語
ルビ二・サンバンサン
2014年、「ミス・インターナショナル・マレーシア2014」で栄冠を獲得し、モデル、俳優として活躍するルビニ・サンバンサンさんは、俳優としてはマレー系のドラマや映画でキャリアを築いてきたため、本作が初めてのタミル語映画出演となりました。英語を主要言語として話す家庭環境で育ち、タミル語は聞き慣れてはいても流暢に話すことができないため、何度も台詞を練習をして本作の撮影に臨んだと言います。
ルビニ:両親が家でほとんどタミル語を話さないので、私は英語の方が使い慣れています。兄弟の誰もタミル語を話すことができず、タミル語とマレー語しか話せない祖母とはマレー語で会話をします。ちょっと変わっていますが、マレーシアのインド系家庭でタミル語を第一言語としていないことは結構普通のことです。
サンジェイ監督:家族でレストランに行くと、息子がタミル語を話すので驚かれます。それは、現代の子供たちの多くが家庭でも英語を話し、タミル語を使わないことの表れです。
ルピニ: 私はタミル語を話しますし、文字も読めます。私の場合は、中等学校時代にオンラインで独学で文字を学びました。母に新聞をよく読むようにとも言われました。インド系の言語にもいくつか方言があって、私の場合は、タミル語を話していると思っていたのですが、母が マラヤリ人 (Malayalees)で、実はタミル語とマラヤーラム語が混ざった言葉を話していました。
– 日常生活におけるタミル語話者が減ってきているのですね。では、タミル語話者ではないルビ二さんをなぜタミル語映画である本作に起用したのですか?
サンジェイ監督: 彼女のことは10年ほど前から知っていて、この役をこなせることはわかっていた。物語のトーンが静かで、誰かに少し明るさといたずらっぽい感じをプラスしてほしかった。ルビニさん自身のキャラクターを投影してもらうことで、この役に深みが増しました。
と、ルビニさんへの信頼と期待が滲みます。
今後の作品について
『Fire on Water』は、夢を追いながらも厳しい現実の中で苦悩する男の物語であり、全体のトーンとしては明るい映画ではありません。でも、禅、道教、タントラ、仏教、ヒンズー教などの東洋哲学に影響を受けた、という監督の詩的な情景が映像の端々に印象的に見受けられ、最後には希望も感じ取れる作品でした。
サンジェイ監督の次作の予定については、3作目となるクライム・ノワール/ロードムービーの撮影を終えてポスプロの段階とのこと。また、マレーシア以外の国を舞台にした物語もいくつか構想中ということで、今後の作品にも注目していきます。
『Fire on Water』
(『水に燃える火』*大阪アジアン映画祭での邦題)
【ストーリー】
マレーシアのインド系の人々による、タミル語映画製作現場で商業主義に捉われず監督になることを夢見ながら厳しい現実に直面する男、カーティ。絶望し意気消沈した彼はアルコール依存症に陥り、恋人も失うが、ある女性との出会いが再起へと向かわせる。
【予告編】
監督: サンジェイ・ペルマル Sun-J PERUMAL
出演:
カルナン・カナパシー Karnan KANAPATHY
ルビニ・サンバンサン Rubini SAMBANTHAN
ルピニ・クリシュナン Rupini KRISHNAN
ティネシュ・サラシ・クリシュナン Tinesh Sarathi KRISHNAN
クベン・マハデヴァン Kuben Mahadevan
2024年 | マレーシア | 120分 | 言語: タミル語 | 字幕:日本語・英語
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