ひとつひとつ縫い付けた刺繍に願いをこめて。サロンの布地であるバティックにも縁起のいい絵柄がたくさん。職人たちの技術の発展も促したという美しきニョニャの衣装。まるで宝石を身にまとっているような色鮮やかな世界は、今もなお多くの人々を惹きつけています。
記録によると、ニョニャ(華人系プラナカンの女性)のなかには、商売人として世界を飛びまわっていた夫のかわりに事業を切り盛りしたり、みずから商売を立ち上げたりと、自立している女性が多かったといいます。相続や事業で富を築いたニョニャは、その地位を表すために高価なジュエリーを身に着け、19世紀ごろには精巧で色鮮やかな刺繍が施された上衣「クバヤ」を楽しむようになりました。現在は、祝祭など特別なときだけ身に着けるニョニャが多いのですが、これらのカラフルな装いは、現代も彼女たちのアイデンティティを示す重要な役割をになっています。
Nyonya Kebaya – ニョニャクバヤ
透け感のある生地に美しい刺繍
東南アジアで着用されている上衣、クバヤ。ニョニャのクバヤは、Vネック、腰丈、体に添うタイトな身幅、手首のアクセサリーを強調するために袖はあえて短め。透けるようなオーガンジーの生地を使うことが多く、カラフルな刺繍が施されている。
刺繍のモチーフには、花、動物、ときにダンサーなどの人間も登場する。中国由来の縁起のいいモチーフも多い
すそ部分には、布地を直接加工したカットワークが施されている。もともとクバヤはすかし模様のレースで作られていたためそれを表現している
赤、黄などビビッドな色が好まれる。カラフルな刺繍糸でコントラストのはっきりした色彩に仕上げる
クバヤのモチーフで一番多いのは花模様。サロン(腰衣)の絵柄も花模様が多いため、マッチしやすい
刺繍はミシンで行う。おさえ板を外し、フリーハンドの状態で自由自在に針を動かす技法は、まさに職人技
Sarung – サロン
まるで1枚の絵を身に着ける装い
サロンとはスカート(腰衣)のこと。厳密には長い布を筒状に縫い合わせたものを指す。ろうけつ染めのバティック布が使われていて、昔は天然染料を用いた落ち着いた色合いだったが、化学染料を使用することで優雅な色彩になった。
Kerongsang & Belt – クロンサン&ベルト
ジュエリーをボタン替わりに使う贅沢
クバヤにはボタンがなく、前をとめるために3点セットのブローチ「クロンサン」が使われる。金やシルバーなど、まさにジュエリー感覚。銀細工のベルトも人気で、ニョニャ全盛期には銀細工師や宝石職人が活躍した。
Kasut Manik – カスッ・マニック
宝石のように見えるビーズ刺繍のサンダル
スリッパ型の履物は直径1ミリ以下のガラスビーズで彩られている。下絵どおり1個ずつ縫い付けていく根気のいる作業で、1足仕上げるために数ヶ月を要することもある芸術品。バラなどの花や白鳥など動物を絵柄にしたものが多い。
クバヤは現代に通じるおしゃれ
「私がクバヤを好きなのは、サロンとの組み合わせがいろいろ楽しめるからです。それに、サロンはジッパーなどがなく、結んで履く仕組みなので、多少体重が増えても問題ないですしね、笑。私の場合、クバヤとサロンをセットで着るのは、友人の結婚式や祭事などのフォーマルな集まりのとき。普段は、クバヤにスカートやジーンズ、またサロンにTシャツを合わせてカジュアルに着ています。オーダーメイドのクバヤは、日本の着物のように代々受け継ぐものなので高額ですが、既製品のクバヤであれば、比較的手軽に買えますよ。私はこの10年間、ペナン、マラッカ、シンガポール、インドネシアなどで買い集めています。クバヤとサロンは伝統的なファッションですが、現代でも素敵に着こなせる普遍的な可愛らしさがあると思います」(ジェニファーさん)
ここで紹介したクバヤ、サロン、クロンサンはすべてジェニファーさんの私物
文/古川音 Oto Furukawa
写真・情報提供/Jennifer